くすぶり 1

 フェルナンはたまたまブレロの顔をしていなかった。祖父と一緒に夕食がてら『孔雀亭』を訪れたので、きちんと身なりを整えていたし、完全にそういうつもりで牛肉の煮込みにかじりついていた。デミソースの中に残ったワインのほのかな香りに舌鼓を打って、コーヒー酒もやりつつ、祖父と雑談に興じていたのだ。
 察しのいい女主人が祖父と孫をそっとしておいてくれたので、フェルナンはほとんど世間と切り離され、祖父の尋ねに応じて銀の稲穂団の話をする。祖父は相変わらず冒険者が好きで、銀の稲穂団も好きで、迷宮の探索について聞きたがった。フェルナンのほうもだんだんと祖父の態度に慣れてきて、仕方ないふうを装って話すくらいはできるようになっていた。
 話を聞く間のわくわくしている祖父の、子供心を思い出した顔を見ると、少しずつ、これでよいように感じられた。祖父の中で昔片づけたはずの『くすぶり』のようなものの存在を、フェルナンは知ったからだ。
 祖父はあまり話したがらなかったが、往時が活発な少年であったのは察せられた。もしも自分がもう少し物わかりのいい子供だったなら、たぶん祖父のような人生を歩んでいただろう。
 かつてならこれを絆されたといって切って捨てていたかもしれない。だが、家族の絆に文句をつけるのも無情な話だ。彼らはいつでも暖かく、ぶらぶら軸の定まらない者を家族においてくれる。昔からよく言うように、きっと喉元を過ぎたら苦しみなどその程度なのだ。
 さて、煮込み料理の面取りをされた艶やかなニンジンを、フォークで刺したときである。何やら騒がしい人物が孔雀亭に闖入したようで、入り口のほうがざわめいた。
 フェルナンたちは二階席にいて、その様子がすぐには確認できなかったし、何よりもこのとき、マドカのファッションセンスの話題になっていて、わざわざ確認するでもなかった。マドカがモモに選んでやった例のドレスを祖父はいたく気に入っており、フェルナンのほうでもそう思っていたので、本人不在の称賛が続いて、この話題のほうが大事だった。
 ところが、ざわめきは一向に止まない。むしろ一層騒がしくなっていく。孔雀亭が騒がしいのはよくあることだが、騒ぎの中に女主人の罵声みたいなものを聞いて、フェルナンは思わず目をやった。祖父も顔を曇らせる。
「ずいぶんとやかましいな」
「何だろう、一体」
 二階席は一階の半ばまで張り出しているが、フェルナンたちがくつろいでいるソファは壁際。手すりからはだいぶん離れているから、わざわざ見なければわからない。血の気の荒い冒険者も来る酒場だ。事とあらばさっさと退散したほうがいい――フェルナンがカウンターの様子をうかがうと、帝国の制服を着込んだ二人が女主人に怒られている。女主人がそんなに怒っているのは珍しいが、帝国兵の一人は反省の色が薄く、へらへらした態度を取っていた。
 フェルナンは、男のその猫背に見覚えがあった。寝癖なのか何なのかわからない、ざっとかき上げただけの銀髪にも覚えがある……ああ、そういえばクエストを受注したまま帝国へと消えた、ナントカという不届きな冒険者がいるとかいないとか、女主人が言っていた! あーあ……フェルナンはすぐに顔を引っ込めて背を向けた。
「どうした、変な顔をして」
 祖父が胡乱な目をして聞くので、フェルナンはかぶりを振った。
「帝国兵のいざこざのようです。楽しく飲んでるのに勘弁してほしいよ」
 しかし祖父はよせばいいのに自ら寄ってきては身を乗り出す。結局祖父も自分と同じで、面白がりのところがあるのだ。そうでなければ冒険者などに興味もなかろうし、モモのためとはいえマドカと買い物になど出かけない。
 銀の稲穂団がいると思われなければ、まあいいや。フェルナンは階下に背を向けたまま、祖父はしばらくカウンターでのやりとりを観察していた。
「――あの兵士も冒険者のようだぞ?」
「そうみたいですね」
 素知らぬ顔をしていたが、逆に祖父は怪しんで横目で見てくる。そういうところで勘を働かせるのはやめてほしいものだ。
「ワールウィンドとか呼ばれとるぞ。噂に聞いたことのある名だ」
「へえ、あの有名人だ」
「実は帝国の騎士だったという冒険者だろう?」
「あれっ、そうでしたっけ」
「木偶ノ文庫で力を借りたんだろうが」
「うーん、だったかなあ」
「森の廃鉱で地図書きを教わったとも」
「言われてみればそんな気もしますね」
「友達がいのないやつだな、お前は!」
「その友達に、いい一発を食らって殺されるところでしたけどね」
「……おい、フェル」
 すっとぼけた返事を繰り返したら、先に祖父が腹を立てた。当然木偶ノ文庫の仔細も知っている祖父である。
「だって、よく見てくださいよ。どう考えてもトラブルでしょう」
「助けてやらんか」
「いやいやマダム、カンカンでしょう。どうしてわざわざ首を突っ込まなきゃならないんです」
「仲間を助けるのに理由がいるか、馬鹿者」
「ああ、その言葉は都合よく使うもんじゃないから! もう、あのねえ。俺たちは騎士団でもないし、厄介事引受業じゃな――っああ! 何するのぉ!」
 祖父はフェルナンを完全無視して自らのタイピンを引き抜いたかと思うと、迷わずそれを放り投げ、ローゲルの足元に音高く転がるのであった。
 もちろんローゲルと、その連れ合いがこちらを振りあおぐ。祖父を引き止めたかったフェルナンと目が合って、ヌルい眼差しがキラリと光り、人の悪い笑顔を浮かべてこちらを指さした。思わず目を覆った、勘弁してくれよ! フェルナンは、というかブレロは拒否の先手を打とうと向き直った。
「お前の尻拭いはしねえぞ! お断りだっ」
「またまたぁ。親切な君のセリフじゃないな」
「やかましい。こちとらにはガラスの灰皿があるんだ、今度こそかち割るぞ。はよ帰れ」
 わざわざそんな悪態をついている横で、手すりにもたれる祖父が彼らを手招きする。慌ててやめさせようとするも、投げられたタイピンを拾った二人は木の階段を軋ませながらやってきて、ローゲルが親しげに笑いかける。
「やあ、銀の稲穂団。奇遇だなあ本当に。君らはどこにでも現れるな! 助かるなあ」
「嫌だ、助けてなんてやらないからな。自力で片づけろっ」
「まだ何にも聞いてないくせにつれないな。そちらの気の利く老紳士は?」
「身内だよ。関係ないからやめてくれ」
「これの祖父のアルフォンソだ。アルで結構」
 タイピンを取り戻し満足そうな顔して、握手を求めだす祖父である。相手に名乗られたので、ローゲルと連れも当然に名乗った。さすが俺のジイさん、ちゃっかり友達になろうとしてやがる……。
 と、やっとここでローゲルの連れとまともに顔を合わせた。灰汁の強いローゲルの影になって目立たなくなっていたが、彼も彼でブレロの印象に残った。明らかに彼はこちらに興味のある瞳をしていたのだ。
「よろしく、銀の稲穂団のブレロ」
 彼はエドワルドと名乗った。握手の際に固く握り締められ、それが妙に手に残った。それにブレロと目線が同じになる人間もあまりいないし、何より黒い皮膚と紐のように幾束にもまとめられた髪が、タルシスではなかなか見ない風貌だった。黒い目は穏やかだが、恐らくはローゲルのように鋭く変じるのだろう。
「昼にギノロットにお会いしたのです。若いのにとても見上げた剣士でいらした」
「ギノに? それは偶然だな。一体どこで?」
「甘いコーヒーがお好きなようで、コーヒーを買いに求めたときに」
「まさかあのキャラメル味か。ポット係のときはいつもそこなんだ」
「それにまだ少年でした。朴訥で、何やら親しみのある方でした」
「ああ。あれで少年というほどでもないんだ。言葉がうまくないだけでな。とにかくありがとう、あれはうちの自慢のソードマンだ」
「――ずいぶんと向こう見ずだけど、ね」
「それは否定せん」
 ニヤニヤと口を挟んできたローゲルに、ブレロは鼻を鳴らす。
 二人の騎士は祖父の招きによって近くから丸椅子を持ってきて、ウェイターにアルコールを注文した後、ブレロたちの卓に着いた。
「彼は結局、『刀を捨てた』かい」
「思ったよりもすぐにな。話の早いやつでよかったよ」
「それは何よりだ。あれは無茶苦茶だったからね。二度とさせないほうがいい」
 ローゲルはいつになく真面目な声で言った。その通りだとブレロも思う。
 だから今はワイヨールが彼をサブルンマスにさせようと、入院中に押しかけては教科書を読ませ、書き取りをさせ、発音を教えていたので、そのうち寝言もルーンになるのではないかというほどだ。話してやると、ローゲルはああ、と思い出したような顔になった。
「ルーンマスターのワイヨール。彼、俺たちの技術に興味があったよな?」
「知らん。そうなのか?」
 初耳であった。あれからはいろんなイベントが盛りだくさん発生しててんやわんやになり、とにかく何をさておいてタルシスに撤退して怪我人二名を病院に放り込んだのだ。それからまだ機会がないので、彼らのまとまった感想はまだ聞けていない。怖くて聞きたくないな、などと及び腰でもあった。修羅場を潜り抜けたという事実だけでたくさんだった。
「俺の昔使っていた古い教本、まだあったんだよね。基本は変わらないし、何なら彼にやってもいいぜ。冒険者の彼になら構わないよ」
「それはありがたい。必ず喜ぶよ。あれはニンジンをぶら下げてやると特に成績がいいから、俺としても助かる」
 そう言うと、ローゲルはひゃっひゃと笑った。
「やっぱりそういうタイプかあ。そうじゃないかと思ったんだ」
 騎士らに赤ワインのグラスが運ばれて来たので彼らはそれを取り、皆で乾杯した。ワインで唇を湿したエドワルドが、口を開く。
「ところでブレロ、あなたはなぜ冒険者に? 決して楽ではないことは聞いています」
 ブレロは目をぱちくりして、それから笑った。
「そんなの簡単。『俺もワールウィンドみたいになりたい』なんて、まんまとダンナの策略に乗っちまったせいだ。お陰で楽しい目に遭ってるぜ」
「儂に散々に怒鳴られて、気がついたらこれだ。寝小便垂れのころからきかん気が強いと思ったら、こんなになっとったわ」
「だから隠居生活が楽しいでしょう? 祖父思いのよい孫だなあ」
「見ろ、口も減らんときたぞ」
「それは冗談だとして。……俺は俺のままで生きてみたかったのさ。誰にも囚われず自由にね。憧れたんだよ、そういうのに。おっと、恥ずかしいから内緒だぜ」
 軽く笑い飛ばしてコーヒー酒を一口飲む。エドワルドはそういうブレロに笑顔を合わせて、グラスを揺らしてその縁を見た。
「当然そんなに簡単でもなかったけどな。だが後悔はないよ。何しろ俺の選んだ道だ、とても楽しんでる」
「羨ましい限りです。――我々はそうではなかった」
「そうなんだろうとは思うよ。同情はする」
「……痛み入ります」
 少し湿っぽくなった空気に、少し酔いの回った祖父が無責任に口を挟んだ。
「何だ、不甲斐ない。君はいくつだ。楽しめばいいだろう、人生に二度目なぞないぞ」
 エドワルドがきょとんとし、ローゲルが眉を片方上げる。それで、ブレロはちょっとだけ、あーあと思った。お祖父さん、あなたは人の人生を狂わせましたよ、と。みんながみんな、あなたの孫のように適当に生きているわけではないんですよ。
「君らの境遇には無論同情しようが、だが君の人生は、君のしたいようにする権利がある。それで誰が迷惑を被るとしても、結局ひとは、自由を夢みるのだ」
 老人から都合のいいことを言われ感銘を受けたエドワルドが口元を引き結ぶのを見て、なんだかなぁとブレロは首を回した……そういうのを、どうして俺に言ってくれなかったかなあ。それとも言いたいのに言えなかったから、赤の他人に言ってしまっているのか――ああそれか、それだあ! そう思っておこう。俺も都合よく受け取る権利があるはずだっ。
「まっ、そんな深刻になるなよ。帰りに見ていけよ、微笑むマダムのあのかんばせを」
 ブレロは一階で客と戯れを言い合っているらしい、孔雀亭の女主人のいるほうをしゃくってみせる。きっと冒険者がクエストを終えてきたのだろう、それで鈴を振るような、華やぐ笑い声が聞こえた。
「あの輝きを見たら、人生の面倒くさいことはどうでもいいやと思えるものじゃないか。人間、そういうことで許されるんだよ。あーあ、今日も美しい声だ」
「なあ、それなら彼女が笑顔になること請け合いの仕事が、」
「断る」
 秒で断る。
「受けてやらんか」
「俺の仕事の邪魔をしないでくれ」
 いつまでもしつこい祖父に向かって声低く強めに言って睨みつけた。祖父が鼻白み、ブレロは申し訳ない気持ちを顔には出さなかった。始末をつけるのは孫の自分だけでなく、あるいはモモやマドカやギノロットなのだ。
「まったく、ご苦労だなエドワルド! あんたの上官殿はろくでもないよ、厄介ごとを次から次へと。大体、煌天破ノ都と皇子はどうなった? 放ったらかしか?」
「おい、それは聞き捨てならないな。見損なうなよ。こっちに来たのは情報収集のためなんだから。この後深夜に帝国あっちに戻らなくちゃならないんだぜ。ちょっとはねぎらってくれよ」
「はあご苦労さん。それで酒飲んでくだ巻いてる場合か」
「そりゃあ因縁深い銀の稲穂団がいたとなっちゃ、なあ?」
 ワインを飲みながらローゲルが笑い、エドワルドも苦笑した。
「なあ、君らを見込んで頼みたい。彼を仲間に加えてもらえないかな。こんなことを言うのは変かもしれないが、俺たちは何かの縁があると思いたいんだ」
「……エドワルドを?」
 急だとは思ったが、ともに死闘を演じたよしみで話の続きを促した。ローゲルは頷く。
「俺たちは仕事の片手間にいくつかのギルドを見てきたんだ。エドワルドは俺の話を聞いて興味を持ってね。別の知り合いのところへ寄ろうかと思ってたが、どういうわけだか君らに出くわした。二度もだぜ! そして君らの実力は、当然俺が知ってる」
「――」
「もちろん彼の腕前は保証するよ。エドワルドは俺たちの誇る優秀な砲剣騎士だ。帝国式アタッカーの需要、あるだろ? すぐに答えが欲しいとは言わない」
「……それは助かる。俺一人には決めかねると言おうとしたところだ。たぶんエドワルドの相棒は俺じゃなくて後輩の女だから、そっちに打診しなくちゃな。ということで……エドワルド、女の子に囲まれた幸せな冒険者生活に興味はあるよな?」
「――ファッ!?」
 ブレロがニッコリ笑うと、二人の騎士は奇妙な声を上げて顔を見合わせた。
「囲まれてるのが俺でも一向構わんのだけど、いかんせんバランスがなあ。うちのエリゼというフォートレスがいてな。彼女の助けになってやってほしいが、肝心のエリゼが君と会って何と言うか大切だろ? だってウチは『仲よしギルド』を標榜してるんだから」
「……君ら、仲よしで揺籃くんをブッ飛ばしたの!?」
 くっと噴き出すローゲルに「そうだよぉう」とブレロはコーヒー酒を一口飲んだ。エドワルドは目を白黒させて、今にも笑い出しそうだ。きっと『銀の稲穂団』が愉快なお友達ギルドだとは思っていなかったのだろう。だが冒険者がそんなにマトモな訳がない! 上官のおとぼけぶりをもう一度よく見てみるがいい。
「ついてはまずエリゼと話してみてくれよ。あいつと話すと悩みが全部小さいことに思えていいぞ。ウチの自慢のバカ担当だから」
「――なあエドワルド。ちょっと考え直してもいいんだぞ? ギルドは他にもたくさんあるよ」
 しかしエドワルドは愉快そうに笑った。
「いいえ。帝国と違って新鮮で憧れます。そんな関係で木偶ノ文庫さえ越えてしまうのかと思うと」
 エドワルドは懐から一枚のカードを取り出した。ブレロが手に取ってみると、中央に金の鷹の刻印があり、その下に彼の所属部隊と自筆のフルネームが記されている。ブルーブラックの筆致が滑らかで、美しかった。
「連絡を待っています。統治院に事務官を数名、置かせていただきましたので」
「うん――じゃ、俺たちはここで。すべてアルの機転のおかげだ、ありがとう」
「なんの、儂も楽しかった。話代だ、ここは奢ろう。深夜の空旅、気をつけてな」
 皆で再び握手を交わし、騎士たちは立ち去り、祖父と孫は彼らを見送った。
「……ほら見たことか、話してよかったじゃないか。大した即戦力だ!」
「結果論でしょう、誰がどう見ても」
 金の箔押しを傾けながらフェルナンは眉をそびやかすものの、祖父のしたり顔は止まらない。
「すべて儂のお陰と言うとったろ。ああ、スッとした。仕事の邪魔なんて何十年ぶりに言われたのも、気が済んだわ」
 憎まれ口を叩くので、俺はこの人の血筋なんだなあと、またちょっと諦めがついて苦笑が浮いた。

 翌日の朝一で冒険者ギルドに出向いてエリゼに会うと、彼女は神妙な顔をしてブレロの話を聞いた。女性ばかりの二班の最後の一人が、男性になるとは思っていなかったようだ。悩むエリゼは唇に手を当てる。
「うまくいくかなぁ……」
 帝国の騎士であるのに冒険者になりたいという変わり者である。懸念は理解できた。それに、歳の近い女子四人だからうまく回るのが二班とも言えるかもしれない。
 とはいえ銀の稲穂団は仲よし冒険者のギルドである。どうしてもと言うなら断ってよいが、会いもしないで決めるのは、それは内輪なだけである。ブレロは仕方なしに、エリゼにとっておきの、よいニンジンをぶら下げた。
「イケメンだったぞ」
「イケメン!?」
「肌が黒い、長身の男だ。非常に素晴らしくバネのよさそうな体つきだったぞぉう。実際いいんだろうなあ、あれは。ローゲルも結構とんでもなかったし」
 しかも若い軍人である。すでにして高身長であるところ、更に高学歴と高収入は間違いない、とかつまらぬ法螺を吹いてみると、言えば言うだけエリゼはキラキラ目を輝かし、ついに飛び上がって喜び始めた。
「キャッホー、すごい先輩! 会わなきゃイケメン!」
「お前、」
 エリゼはちょろい。ちょろかった。ちょろすぎてイケメンとあらば、きっとヒョウガジュウでも構わない女なのだ。そこまでちょろいのかお前は。ならせめてイケメンを捕まえた先輩のことも多少は褒めてほしいものである。……いや褒めた、俺褒められた、すごいと。一言だけ。
 ……褒めが全然足りてねえよバカヤロー!
 ともかく、あまりにもニンジンの効き目がよすぎたので、ブレロは渋面を作ってみせた。
「合コンじゃないんだから。仲間を探してるんだ、彼氏じゃないから」
「あっ。そうだった」
 途端に真面目な顔になるエリゼである。迷宮ではしゃいでいたら命取りなのは、さすがの彼女もわかっているだろう。イケメンとか言っている場合ではない。いくら仲よしとはいえ、ちゃらんぽらんのフォートレスでいられたら困る。そういう需要は間に合っている(俺のことだ)。
「二班のやつにもちゃんと相談してな」
「了解しました」
 エリゼはしっかりうなずいた。さすが教官殿に仕込まれただけはある。そういうところは理解が早くてよろしい。ブレロが例のカードを差し出すと、彼女は丁寧にそれをつまんで覗き込む。茶色の目が刻印の下の筆記を数回追った。
「エド……エドワルド。エドワルド・――、この後なんて読むんですか、名字?」
「聞いてないよ。ついでに教えてもらえ」
「綺麗な字だなあ」
「万年筆だな」
「渋いですねえ」
「青いインクが憎いな」
「ふーん、憎いあんちくしょうかあ」
 あまりピンとこないが、ブレロはエドワルドのカードを彼女に託した。
「じゃあ、頼むな」
 そう言って立ち去ろうとしたら、「待って」と呼び止められる。
「どうした?」
「ちなみに……先輩はどう思いましたか?」
「気に食わなかったら、そんなの丸めて捨ててるよ。イケメンゲットしてこい」
 冗談を聞いたエリゼはにっこり微笑み、カードにまた目を落とした。
 彼女の笑顔の鮮やかさは、何かしら惹きつけられるものがある。銀の稲穂団にエリゼを招いたのは、そういう理由もあった。エリゼの笑顔を見ると、どことなしか気が晴れる。重たくなりがちな迷宮での道のりを、持ち前の明るさと勇気で乗り切っているのを、マドカから聞いていた。
 その二班に帝国騎士という戦力が来てくれたなら、銀の稲穂団にとっても多大な利益だが、ここから先はフォートレス・エリゼの采配次第だ。