ワイヨールと手紙

 夕食を食べ終えたワイヨールは、酒場の片隅でアルコールを傾けながら、一通ずつに目を通していた。まったくおかしな手紙の束だった。
 冒険者ギルドに顔を出したら、寮の女学生からという大量の手紙をマドカに渡された。なんと五十通もあるという! 意味がわからずケタケタ笑い転げたら、ブレロからたいそう顰蹙を買った。
 あの女子寮には長居していないはずなのに、何がどうして大量の手紙になるのだから驚きだ。玄関で見世物になっていたのは十分足らず、応接室で委任状について話していたのは一時間もなかった。それがこんなにも彼女らに関心を抱かせると思わなかったので、ワイヨールは奇妙な心地で手紙の束を消化していた。
 女学生たちの熱心な手紙には共感できる内容もあれば、できないものもある。一通ずつ読んで右と左にそれぞれを分けていると、ふと『共感できない』の山が今にも崩れ落ちて、薄っぺらな『共感できる』に突っ込んでしまいそうなのに気がついた。
 ワイヨールは彼女たちの顔を覚えていない。マドカの背後にいた多くの女学生を覚えようとなどしていない。
 だが向こうは『ワイヨール・シュレンケ』という名をマドカから聞き出し、特徴を覚え、印象を持ち、彼女らなりに迷宮の印術師について想像を膨らましたらしい。手紙の中で彼女らは、何やかやと聞き出そうとしたり、共通点を見出そうとしたり、興味を引こうとしたりしていた。
 しかし例えばギノロットのほうが相手として魅力的であると認めるワイヨールとしては、彼に手紙が来ていないのが意外に思えた。字が読めない――とマドカは寮友に話したらしい。だがこのごろは子供向けの本なら読めるようになっているから、よい兆候だ。タルシスという大都市を整然とまとめ上げているのは文字だ。タルシスで生きていくつもりなら、ギノロットも文字の中に組み込まれなくてはいけない。どんなに微々たる生き方であっても――程度で諦めてしまう情熱など、いかにも取るに足らなかった。するとどうしても索然となって、この五十数通すべて、さほど楽しくもない読み物の集合に見える。
 それでまた一通、ハートマークの乱舞するうんざりするような手紙を『できない』に追加すると、山はとうとう雪崩を打って『できる』とごたまぜになってしまった。もう見分けがつかない。
 もっともどちらであっても、ワイヨールには大差なかった。寮生活の女学生の生活は狭くて小さくて、どちらにせよ興味関心は長持ちしそうにない。それでもまた『未読』の束から一通を抜いて開封するのは、半分惰性だった。最初こそ借りたハサミで丁寧に切って開けていたものを、次第に飽いては手で破るようになっていた。
 ところが痛々しい切り口からぴんと尖ったまっすぐの便箋が一葉出てきて、文字が目に飛び込んできたとき、ワイヨールはあっとなった。
 今まで生きてきた中でいっそうきれいで賢そうで、一際ぴかりと光るのを見つけた。
 わずかに四角く、書き慣れていて、どことなく無性別な字面で、無味乾燥な用件だった。ワイヨールに興味があるようには読めず、詫び状めいていた――あなたを小さなイベントとして楽しんでしまった、今も便乗して手紙を書いている。来てくれてありがとう、また来てくれれば楽しい――それで終わりである。ほとんど一筆箋だ。
 特に気を引こうとしていないところに、ワイヨールは少し笑った。あんなにさんざめいていた女学生の中にも、こんなに淡白な人物がいるとは思いもしなかった。そしてすぐに、封筒を破いたことを後悔した。ぎざぎざの切り口に、他人に粗雑な自分が露見する。
 ふと彼女の名前を確認する段になってやっと、封筒にも便箋にもどこにも名前が書かれていないことに気がついた。名刺の一枚でも入っていないか逆しまに封筒を振ったところで、何も出てこない。
 ……。
 ……あれ?
 ……おかしい。
 何ということだ! この見るからに変わり者の自分の興味を引くことに、彼女は成功している! ワイヨールは思わず手紙を握りしめた。やられた。悔しいのだか嬉しいのだかよくわからないが、とにかくやられた!
 ワイヨールは未読と既読を一緒くたにして、荷物をまとめて立ち上がった。こうなったら彼女にはぜひとも返事を書かなくてはならない。そうでなければ気が済みそうにない。
 食事代の支払いを終えて、ワイヨールにしては珍しく小走りで帰路についた。私が返事を書いて出したら、きみはまた無名で手紙を書くだろうか。いいや、きっとそうしておいてくれ、私が追いかけやすいように。
 ワイヨールは新たに惹かれるものを見つけて、久々に迷宮の外で高揚を味わっていた。どちらが先に興味を失うものか、彼はもっと試してみたかった。