火をともせ

 腹のくちいギノロットはもう眠りたかった。大体、ギルドのシャワー室を借りて汗を流した時点で、すでに彼の中で一日が終わりかかっていたのだから、放っておいてほしかった。もう、宿に戻って寝たい。あのフカフカのベッドで寝たい。いい匂いのする枕に埋もれて寝たい。柔らかい毛布にグルグル包まって寝たい。パリッとして清潔なシーツで泳ぎながら寝たい。かわいいデモンドレイクの夢でも見て寝たい。寝床のことしか考えられないから寝たい。
 ところが案の定、体力無尽蔵のソドモフ・マルデルはうまいカレーをすっかり平らげた後、ニコニコしながらどこの酒場に行くか相談し始めたし、レリッシュはちらちら視線を向けてくるし、本当に帰る権利がありそうなのは怪我人のエリゼ程度だったのだが、怪我人は去り際、ギノロットを小突いた。
「逃げんじゃねえぞ、ボーイ」
 ちくしょう。うるさい。放っといてくれ。いま真剣に眠いんだ。
 お腹いっぱいでご機嫌のモモに手を振られて見送られ、眠い目をこすりながらふらふらとついていって、最初の一杯を少し飲み――したところでギノロットは、疲労と酒精と睡魔に何とか勝とうとして、健闘虚しくコテンと寝ていた。まったき敗北である。
 いくら何でも意思疎通ができないとなるとみな諦めるらしく、ついに彼は酒場のカウンターの隅で、ただの冒険者の置物となるのを許された。来店早々眠りだすなんて、酒場の主人には迷惑であろうが、ギノロットはもうそこまで頭が回らなかったし、一歩も動けなかった。
 ギノロットの背後ではオーズとマルデルが何か歓声を浴びていたり、ニョッタがワイヨールに向かって大騒ぎしていたり。カウンターに突っ伏している彼にはそれくらいしか分からない。
 印術の疲労が眠気になる体質らしいのが、すべての原因だった。例えば印術の教科書を読み始めたら、日の半分を眠って過ごした。朝から公園の芝生で読んだらふと気が遠くなり、目を覚ますと夕方だった。昼食に持たせてもらったセフリムの女将さんのサンドイッチが、カラスの餌になっていた。
 決して退屈なわけではない。これで身に着いている。読んで理解している。ただどこかで糸が切れたように眠る……気を失うだけだから、ワイヨールみたいに食費に直結するよりましだ。それに、これでも完全に寝てはいないつもりだった。酒場となると、そう簡単にぐっすりとは眠らない。ただ眠りの淵で浮きつ沈みつを繰り返すだけだった。
 誰かの指がギノロットの肩をつついたが、どうしても目蓋が重たい。デモンドレイクにしっかり絡みつかれたまま、言葉にならない声で返事ができるばかりである。誰かはそのまま隣に腰かけ、ギノロットには何もなかった。
 誰かの声があって、背中越しにやり取りが行われたが、それもギノロットを目覚めさせるには足りない。
 やがて、少し経った。それがいつなのだか分からなかった。言葉が届いたと思ったのは、とにかく、そのときだった。突然すべての雑音がしんと静まり、甘い声だけが不思議と澄んで聞こえた。少女が「ねえ」と呼びかける。
「ねえ、ギノさん。……どこにも、行かないでくださいね」
 まるで独り言だった。返事も何も期待していなかった。ただ望みだけがあり、叶うことを放棄しているようにも聞こえ、その願いで、ギノロットの胸に過去の自分が浮かび上がった。欠けてどこかに行っていた日々の中から、忽然と現れ出た。
 妻も両親も友人も、故郷ごと失った最後の日から、何度となく祈りのように呟いて、当然叶うわけのない祈りだった。
 ――俺を置いて行かないでくれ。
 だから願いは、世界樹の伝説を知ったとき、俺がそこに逝く、に変貌したのだ。世界樹のもたらす永劫の楽園・・・・・へと。ギノロットをタルシスに運んだはずの孤独な祈りは、彼自身によっていつの間にか裏返しに伏せられ、そして今さらに息を吹き返した。いかないでくれ、どこにも……願う彼女と同じかたちをしたものを、ギノロットは己が胸の中から見つけ出して、知った。
 なぜレリッシュが、という疑問も降ってきた。明らかにそうだ、その夢見がちな憧れを持つ声は、明らかにレリッシュのものだ。でも俺はきっと、もうどこへも行けない。必要のない祈りだ、そう答えようとして、彼は身じろぎした。
「わたしたちはみんな、あなたがだいすき」
 それは確かにどこかで……そうだ。夢の中で、優しいモモが。その優しさで、首飾りに触れてくれた。――でもレリ、お前のそれは違うよな。『わたしはあなたがだいすき』だ。どんなに隠しても隠しきれないその声は、もう何度も届いている。

 ……いいや、何だって?

 ギノロットは凝結しかかった自分を振り払う。まだ朧な自分はかすかな抵抗だけ残して掻き消えた。しかしその手には欺瞞の跡が疑いようもなく残る。何度も届いている、ここへ。迷いなく声が聞き分けられるほどに。
 ギノロットは自分の疑いを踏みにじり、静かな言葉を断ち切った。まだ強くもない言葉は呆気なく潰れた。しかしその足には確かに蹂躙の感覚が伝わってくる。俺はどこへも行かない。俺を繋ぎとめてくれる仲間を捨てては行けない。
 ギノロットは自分の眼差しを切り裂いて、我が確信を突き飛ばした。ふらつく確信は当然に沈んだ。しかし、それなのに、なおもまだ――
 うめき声とともに手足を突っ張って思い切り背中を伸ばした。筋肉が目を覚まそうとして、大きなあくびが出る。何とか上体が起きて、まだ重たい目蓋をこすりこすりしながら、ぼやけた世界が少しずつ彼の中で輪郭を増し、現実になっていく。
「おはようございます。お寝坊でしたね」
 隣からレリッシュの優しい声がした。寝ぼけた声で、ギノロットはレリッシュに話しかける。
「……どーかしたの」
「いいえ、なんにも。もう、お目覚めですか」
「ん、おはよ……起きた」
 汗ばむ胸元を引っ掻いて、目の開かないギノロットは言った。レリッシュの声は微笑みを含んで温かい。
「疲れちゃったんですね」
「ん。印術やると眠い」
 なかなか目の開かないギノロットのために、レリッシュが水を頼んでくれた。コトンというカウンターに置かれた音を頼りに、ギノロットはグラスを探り当てて飲んだ。頬が痺れるほど冷たくて、いくつか入った氷が傾いてはからからと涼しげに響き、喉を鳴らして勢いよく飲み干した。思わずぷは、と息が出てしまう。
 ギノロットはようやく目蓋をしばたたき、レリッシュの顔を見た。ずいぶんと疲れた微笑みだった。
「お留守番にくたびれてしまっただけです。待っているのは大変なんですね」
 そうか、とギノロットはやっと分かった。銀の稲穂団がメンバーを組み替えて行動するのはこれが初めてだった。かたや迷宮へ探索に行き、かたや仲間の帰りをタルシスで待つというのを、これまでしたことはなかったのだった。
「そしたらエリゼが怪我したから、あなたは大丈夫かなって」
「俺は、足引っかかれただけ。だいじょぶ」
「どこ?」
 このへん、とギノロットは切り裂かれたあたりを指差した。モモにしっかり診てもらったから、心配はいらない。ただし、
「……俺あんま、二班とはうまくやれねーわ。たぶん」
 ギノロットのそんな感想を、レリッシュは噴き出して笑った。
「ニョッタも言ってた、ギノさん苦手って」
 性別かもしれないし経験かもしれない。エリゼの砕けすぎた言葉のせいかもしれないし、ニョッタは何やら挑戦的だし、ハンナは思ったよりも危うかった。とにかくギノロットには、一班のほうがよかった。うまくやれない理由はさっさと浮かんで、すぐにぼやきになって出ていき、レリッシュを笑わせた。
「ちょっと嬉しい、そんなふうに思ってくれて」
「……だから、今さらどっか行くこともねーよ」
 寝癖のついた頭を抑えながら言うと、レリッシュはたちまち耳まで真っ赤になった。今にも湯気が立ちそうだ。
「聞こえてたんですか」
 気まずそうにうつむくので――そういったことをできるだけ意識したくないギノロットも、目を逸らした。
「……俺が他に行くとこなんてねーんだから。死にたくねーからまだ生きてんだし、どうかなることねーよ」
 死ぬための努力は死にたくないと思わせる苦痛と引き換えだ。木偶ノ文庫で散々に引っ掻き回された後では、もう何を願う気にもならない……例のふざけたうわ言に蓋をしようとしたら、レリッシュはぽかんとした後、ぼろぼろ涙を零し始めた。事を荒立てたくない男は当然、慌てる。
「なんで泣くんだよ。やめろ、俺のせいにされんだろ」
「だって悲しい」
「何が!? お前が悲しい話あんのかこれで!?」
「どこにも行くところがないなんて、そんなのさみしい」
 目をこするレリッシュを前におろおろしていたら、案の定人に見つかってしまった。罠撃ちの意地悪ジジイことフォルセティが様子をうかがいに来て、珍しく悪いほうに絡んできたのだが、それには訳があるらしい。
「おのれ若造。我が可憐なる師を泣かせたな」
 聞くと、先ほど射撃の指導を受けたばかりなのだという。フォルセティの自己流は、訓練を重ねたレリッシュから見ると正すべき点がいくつかあったようだ。
「うら若き乙女を師にして手ほどきを受けるのは、随分と気分のよいものだ」
 酔漢はレリッシュの小さな背中を撫でながら、平気な顔してそんなことを言ってのける。尻尾娘は首を振った。
「違います、本当に少し直しただけです。師匠なんてことはしてません」
「こんな所で湿気っているくらいなら、向こうにおればよかったろうに」
「……お話、したかったので」
 フォルセティはおやと黙って、ギノロットのことを見た。ギノロットはむっとなり、レリッシュは弾かれたように手で顔を拭った。
「やめてください。わたしの悪いとこです。そうやってギノさんを追い詰めてる……ごめんなさい。風に当たってきますから」
 言うが早いが立ち上がって、小走りで表へ出て行ってしまったのを、ギノロットは見送るしかなかった。目で尋ねるが、フォルセティは可憐なる師を追いかけない。
「なんで」
「さほどあの子の味方をしているわけではないからな。君の話はオーズたちから聞いているし……心から同情している」
 と、彼は自分の首元に指を置いた。ギノロットの首飾りだった。フォルセティはもはや単なる酔漢の顔をしておらず、酔いをおもてに貼りつけただけの、理知的な面差しだった。彼は、いつものように静かに話をする。
「彼女の肩を持つように見えたか」
「見えるだろ」
「君は言葉が拙いが、雄弁なる心の声が聞こえているはずだ」
「――さあ」
「いいや。やめておきなさい。どれだけ辛いことかも分かっているだろうに」
「別に、」
「君は本当は、もっと別人だ」
 言いさしたギノロットが押し黙ると、フォルセティは続ける。
「こんなふうに言いたくはないが。命はいつでも呆気ないから」
 心臓が痛くなった。ああ、なるほど。そうなのか。
 もはや心をいくら振り払い、踏みにじり、切り裂こうとしても、なお殺すことなどできないのか。殺されかかってなお死ねない、生きていたいだけの、傷だらけで息を切らした自分が何度でも立ち上がるだけなのか。
 フォルセティの『知っている』目に、ギノロットは首を振り、うつむいて、観念し、カウンターの向こうにいた店主に、蜂蜜酒を二つ頼んだ。
 今さらすぎる自分の選択に乾いた笑いが唇から漏れたが、フォルセティに肩を叩いて励まされる。
「すまないな。こんなことは年寄りの役目でもあるから。でないと、君は言うことを聞かないだろう?」
 ギノロットは苦笑した。その通りだ。仲間の誰に何を言われても、今までレリッシュに近づこうだなんて思わなかった。けれどフォルセティは、自らの傷と引き換えに背中を押してくれた。
「流浪と説教は巡り合わせが悪そうだな。君はタルシスに流れ着いて、運がよかったかもしれない」
 やがて二つのグラスがギノロットとフォルセティの前に置かれたが、フォルセティは酒をギノロットに差し出した。頷くギノロットはそれを取り、静かに席を立って、どこへ消えたのだか分からないレリッシュを探しに店を出た。

 彼女を探し出すのにはさほどの苦労もなかった。店の裏手の木箱や樽が山と置かれた影にいて、膝を抱えて小さくなっていたが、赤いリボンが目印になって、ひと目でレリッシュだと分かった。しゃくり上げて泣いて、背中が震えていた。
「……寒いだろ、こんなとこで」
 温かいものを頼んでやればよかったと、ギノロットは後悔した。秋風は冷たく、冬の気配がしたのに、しょっちゅうレリッシュが飲んでいた蜂蜜酒とやらを持ってきてしまった。
「放っておいてください。来ないで」
「でも来ちまったもん」
 レリッシュの傍らに、美しい黄金色の酒を置いて、彼女が丸くなっている右に腰かけた。上着の一枚でも欲しいような寒さだった。
 レリッシュの視線が一瞬こちらに来て、抱えた膝の中に戻った。
「優しくしないで」
「……別に、優しくしに来たわけじゃねーし」
「なら、帰って」
「帰り道忘れたから帰れない」
「戻って! 何しに来たんですか」
 怒って顔を上げるレリッシュはぽろぽろ涙を零して泣いている。ギノロットがぎくりとするような、突き刺す涙だった。悲しみに、喜びに、何度も流した涙の、怒りの色を今日、初めてみた。
 耐えきれず目を逸らしてしまい、やる方なしにグラスの中身を一口飲んだ。
「甘ッ! 何だこれ」
 思わずグラスを見返した。酒だと思えないくらい甘く、舌がねじれそうな味がする。言われれば蜂蜜の匂いがするが、そこに酒精が混じり合って複雑怪奇な風味変わり果てていた。こんなものを飲んでいるとは思わなかった……というのが顔に出ていたらしい。余計にレリッシュの怒りを誘って、
「最低」
 何が何だか分からないまま最も低いと烙印を押された。腹立たしいところに好物を貶されればそうは言うとしても、とはいえ、飲めないものは飲めない。
 レリッシュの一杯だけ差し出し、自分のグラスは渋々とよそへ置いた。他のものならコーヒーでも紅茶でもクリームでもキャンディでも、あるいはワイヨールが極たまに持ってくる『常温上等ジャム』も、みんながうんざりしていたって平気で食べられる。だが、この酒は駄目だ。許せない。
 はあ、とギノロットは、レリッシュみたいに膝に額をこすりつけた。今日の酒は力を貸してくれない。どうしたものか黙って考えていたら、先にレリッシュが痛烈な一打をくれる。
「呆れた人。本当に戻ったら?」
 まさにぐずぐずしている自覚のあるギノロットは、一瞬、本当に帰れればいいのにと思った。
「やだよ。……一人にできない」
「わたしは一人になりたいんです。迷惑だから、どこかへ行って」
「だから、道が分かんない」
「……来た道を引き返して!」
「海には帰りたくない」
「海が見える前に止まって」
「じゃ、ここがいい」
 心底呆れたらしいレリッシュの返事はなかった。我ながら案外口が達者だと思った。そして海に帰りたくないと言う日が来るとは考えてもみなくて、ギノロットは我が言葉に驚いた。
 サメの歯の首飾りはもう、ギノロットがかつて感じた重さではなくなっていた。握りしめたサメの歯は手に食い込み、三つの石が擦れて鳴る。
「……他のところは、行きたくない。銀の稲穂団がいい」
「銀の稲穂団は他にもいます」
「うん、今はお前のとこに来た」
 ごめん、俺はお前に背く。本当にごめん。もうここまでしか一緒にいられない。紛れもなく俺は生きていて、どうしても死にたくない――ギノロットは首飾りを外した。一口飲んだきりの、蜂蜜でいっぱいに満たされたグラスの向こうへ。目に届かないところへ。
 空洞が風に吹かれて首が寒くて、寂しくて、清々した。おもむろに出てくる言葉は、本当に出してよいものか分からなかった。でもレリッシュを繋ぎとめるためのものを、ギノロットは他に知らない。
「俺が銀の稲穂団にいるのは、」
 迷いながら、隣のレリッシュが耳を傾けている雰囲気を感じて、続けた。
「本当は死んだ人たちに逢いたかった。一人で辛くて、どうしても我慢できなかった」
「死んでいないから、生きてるだけなんでしょう」
「……でも怖い。だから生きたまんま行ってしまえって思った」
「銀の稲穂団を利用してたんですね。ひどい人」
 おかしな言い分だとギノロットは感じた。自分の目的のために集まったのが銀の稲穂団だし、世界樹の楽園を目指していたのはレリッシュも同じだ。とにかく何か言ってやりたいのだ――いま俺は、ひどいことを話している。レリッシュが傷ついている。でもまだ傷つけてしまう。話をしたかった。
「それでまた逢いたいと思った。逢って謝りたかった。今も謝りたい。生き残っててごめんって。俺一人幸せになるのは卑怯だ。だから、お前に応えてやれない。必ず前と比べるから」
 言い訳ばかりずらずら出てくる。レリッシュがどう思うかなんて考えてもいない。だってレリッシュは優しい。言い訳さえする自分を、きっと許してくれる。情けなくて涙が出そうだ。そういう自分がたまらなく嫌いだった。
「わたしとお嫁さん、似ていますか」
「あ?」
 レリッシュの口からスルリと出てきた問いかけが意外で、ギノロットは戸惑った。そしてかすれかかった記憶を一生懸命手繰る。手繰り寄せた。
「……ぜんぜん」
 共通点はなかった。あいつは凡庸だった。美人でもなかった。愛らしいわけでもない。どうしてそんなことを、と言いかける前に、ふと、ひとつだけ思い当たるものを見つけた。
「二人とも、得意なことあるんだ。俺にはできない」
 と、ギノロットは首飾りを引き戻してレリッシュに差し出した。飾られている四つのもののうち、一番上で光る青いガラスビーズを指差して。
「これ、あいつが作ったんだ。職人だったんだ。自分で薪を選んで、材料も選んで、火を熾して、温度もみて、ガラスを焼いて溶かして、形も作ってた。村中の飾り、みんなあいつが作ってた」
 戯れに一度だけやらせてもらったことがある。しかし唖然とされるほどに要領が悪く、どう見ても才能がないと一笑に付されて終わったのだった。
「いくつの人だったんですか」
「一緒になったときは十六」
「なら、わたしと同じ」
 えっと驚いてしまったら、せっかく緩みかかったレリッシュの目つきが再び鋭くなる。レリッシュは小さく見られるのが相変わらず嫌いだった。だがギノロットの驚きはそこではない。
「全然違うやと思って。なんていうか……お前のほうが大変そう」
「……どういう意味ですか」
「えと、お前はしっかりしてる。あいつはもう少し……うんと、緩い……んー違う、えっと……」
 なかなかぴったりの言葉が見つからない。普通の女だった。もちろん工房では張りつめた横顔を見たし、互いの間によくある不満や悩みや衝突もあった。けれど、彼女との日々は穏やかだった。これといって話すべきことも見つからないほどに。
「お前はもっと、魚を狙う鳥みたい。あいつはお前に比べたら、スズメ」
「スズメ?」
「地味で、ちょっとうるさい」
「地味でうるさい……?」
 レリッシュが噛み締めるように繰り返すので、ギノロットは首を傾げた。なぜだか変な顔をしていると思ったら、
「お嫁さんに向かって、なんて言い草。それじゃあなたは何なんですか」
「俺は……んと、スズメのつがいだっただけ」
「なら、地味でうるさいのは一緒でしょう!」
 ギノロットはうんざりしてきて頭を掻き毟った。どうしてここで責められなくてはいけないのだろう。ギノロットはレリッシュを褒めているつもりだった。なのに、そういうことじゃない!
「だから。例えの話だろ。会ったこともないやつを何かばってんだよ。俺はそーじゃなくて、」
「会ったことはないけど……!」
 上がりかかったレリッシュの気炎は、みるみるうちに小さくなった。琥珀色の目がまた潤み始めるので、ギノロットには甚だ意味が分からなかったが、無神経に責めてはいけないとギノロットの中の誰かが言った。
「でも、あなたの大切な人。あなたがずっと首にかけて大事にしてた。悪く言ったりしないで」
 そして、一生懸命涙を我慢して話そうとする顔が、ギノロットを黙らせた。綺麗な顔を歪ませて、頬を真っ赤にして、そして目の中に浮かぶ無条件のものが、錆びついたギノロットを突き飛ばした。気づいてはいけないと思っていたものに夢の中でもなく今度こそ本当に気がついた。
 俺もこの子に恋をしている。必死になって自分を燃やし続ける、命が煌めいているこの子のことを、俺は好きになっている。
 レリッシュは俺のことをどこまでも受け止めようとしている。分かろうとしてくれる底なしのこの子を、好きになっている。かつていた誰かなんて嫉妬こそすれ、どうしてそんなに大事にするのだろう。もう世界中で俺しか知らない人間を、お前がどうして好きになってしまうんだ。
 レリッシュの黒い髪が白い肌を際立たせ、上気した頬を彩っている。潤んだ琥珀色の両目に涙を湛えて、どうにか訴えようとしている。
 優しすぎて、柔らかすぎて、ギノロットは困惑して、紛れもなく嬉しかった。亡くした彼女が目覚めたような気がした。だが彼女はもう絶対に手の届かない濃霧の向こうで、記憶の底で死んでいる。
「いつもきらきらして綺麗でした。とても素敵だと思ったの。首飾りを大切にするあなたも、お嫁さんをすきなあなたも」
「……けど、そいつはもういないんだよ。探したっていないんだ。それで、」
「わたしも首飾りみたいになりたい。そんなふうに綺麗になりたい。お嫁さんが愛しいあなたも、全部あなたの中で光ってる。だから、お願いだから、これを外したりしないで」
「もうやめろ! これにはもう何にもないんだ! そっくりなだけで、もう違う。あいつはこの中にも俺の中にもどこにもいない!」
 半ば吐くように溢れた怒声はレリッシュを振り払い、ギノロットの心臓をえぐった。頭では分かっているのに、心が分かってくれない。思い出すたびに傷つき、言葉をなくして、自分が溶けてしまいそうになる。
「……けど、みんなが俺に理由をくれる。空っぽの俺に教えてくれる。だからもうどこにも行きたくない。このままここにいたいんだ」
 溶けてしまいそうでも必死に絞り出した。勝手で我が侭なのは自覚している、優しくもなければ綺麗でもない、何も光らない、焼け焦げて汚れた本音だった。俺は生きていたい。過去に縋りたくない。死んでしまいたくない。もう死んだ人間のために生きていたくない。艷やかな黒髪を赤いリボンで結うレリッシュが、空っぽじゃないと言ってくれた。恋慕の瞳で見つめてくれる。
「俺も……お前たちが好きだ。だからまだ、銀の稲穂団にいさせてほしい。優しくなくてごめん、でも、銀の稲穂団がいいんだ」
 レリッシュが涙をこぼしている。みるみる頬を伝って胸に足に落ちていって、服を濡らしていってしまう。凍える夜風に、拭いもしない。
 涙を止めてやれない自分に苛立った。手を伸ばしてやりたかった。優しく包んで抱きしめてやりたい。ありがとうと言いたい。ありがとうだけじゃない、同じかたちをしたものがあるのだと伝えたい。
 なのに自信がなかった。自分の弱さを、この生々しく煌めく少女できっと埋め合わせる。
 無力なギノロットは手を伸ばした。古びた首飾りを越えてレリッシュの白い指が恐る恐る絡まるのを、じっと見つめた。
 どんな指でも、冷たくこわばっているのならば、温めてやりたかった。レリッシュが図書館を教えてくれたみたいに。そして次は取り上げるのではなく、ちゃんと荷物を持っていてやりたかった。
「どこにも行かない」
 琥珀色の両目が涙に濡れて輝いているのを、ギノロットはひたと見つめた。自分の中にある呼吸する感覚をどこへもやるまいと、レリッシュの冷たい手を捕まえていた。もしも叶うなら、彼女もウィルドの中に迎えてしまいたい。互いの空隙を埋める道の連れに、冷たい手を、体を、心を、温めながら。

 それでも疑念は、晴れなかった。ギノロットは真面目で、懸命で、自分に鞭打つ人だ。現実に逆らおうと躍起になって戦う。
 その何かが、父に似ている。
 レリッシュをなだめようとしてくれる彼の手は、想像したよりも遥かに柔らかく、何も言わず、ただ繋いで、答えを待っていてくれた。
 ――どこにも行かない。
 その意味をはかりかねて、酒場の勝手口の木箱の上で、何もできないでいた。ギノロットが固く握り締める手と、切れ長の瞳に閉じ込められて、赤々と燃える魂につられていってしまう。絡んだ指から熱を帯びて、体中が沸騰してしまいそうだった。溺れるみたいに息苦しくて、そして――いつか感じたときのようにはっきりと、自分が生きていることを悟った。何度父と弓を執っても自分のものにならなかったその感覚が、再び胸の中に宿っていることを。
「ギノさん、わたしは……」
「うん?」
「わたし、人形になりたくなくて……父が嫌いで……けどあなたを好きなのは、お父さんに好かれたいからだって……」
 恐ろしくなって抗おうとしながら、うわ言のようにつぶやくにつれ、ギノロットは目を見開いた。
「――その父さんと俺が似てんの? それでさっき、似てるか聞いた?」
 彼は察しの悪い人ではなかった。鋼色の中にすべて映し出されてしまう。見透かされて恥ずかしくなり、レリッシュは黙ったままうつむいてしまう。みじめなあまりに体が再び縮こまって、膝を抱えて顔を隠した。
「俺はでも、お前が、泣いたり、笑ったり、……その、かわいい顔してんのが、す……――嬉しい」
 訥々とした答えにレリッシュの心臓は早鐘のように高鳴った。絶対に聞き逃さなかった。その一瞬、好き、と確かに言いかかった。疑いようもなく――レリッシュがおずおずと顔を上げると、戸惑ったギノロットと目が合う。彼は照れくさそうなまま、ほんのかすかに、笑った。薄いくちびるが微笑みの形になった。レリッシュが恋をした、すこしかたい微笑。
「お父さん、笑ってくれなかった」
 口にした途端、胸の中で、何かがぱきんと割れた気がした。とうとうたまらなくなって、堰を切ったようにレリッシュは叫んだ。
「わたしのことを、かわいいなんて言ってくれたことも、嬉しいって言ってくれたこともなかった」
「……レリ?」
「でも……帰らなきゃだめなんです。わたし。逃げただけ。あなただってきっと本当はなんでもない! わたしは……」
 心が乱れた麻のように滅茶苦茶でばらばらになりそうだった。優しい人たちに囲まれて、だらしなく甘えているだけだと誰かの糾弾が聞こえる。研鑽と努力と父の指す苦しみから、逃れようとしているだけだ。自分があると勘違いしたままタルシスにいれば、あの家にいなければ、恋に溺れていたら、人形でない自分でいられる。少なくとも疑い続けていられる。人間ごっこを続けていられる!
「帰んなくていい、ここにいてほしい」
「――うそだ!」
 振りほどこうとしても離れない手に、レリッシュの背筋に冷たいものが走る。この人を愛しいと思う気持ち、それさえ偽物だったなら、わたしは。
「俺が嘘つけると思ってんのか」
「だって教えてくれなかった! あなたは、あなただって……わたしが、何でもないなら――」
 けれどこの人は嘘をつける人ではない。知っている。嘘をつかない。つかない代わりに話さない人だ。よその国から来た人だから、言葉がつたないから。冷たくて、だから一層優しさが甘くて、今、とめどなく力強い。頭を殴られたように目の前に火花が散った。
「わたしが何かだから離してくれないんでしょう!? でも嫌、もう離して、もう嫌。なんにもわからなくなるの。わたしじゃいられない!」
 あまりの苦痛に身をよじり泣き叫び思いきり彼を突き飛ばしても、一瞬で両肩を捕まえられて逃げ場を失い、拍子に蜂蜜酒のグラスが飛んで鋭い音を立てて割れた。渾身の力で逃げようとしても、標本の虫のように留められた。
「その気持ち、俺も知ってる。でも帰ったって、めちゃくちゃになった自分がいるだけなんだ……お前、本当に帰りたい?」
 自分自身へ言い聞かせるような声を聞いて、レリッシュはついに止まった。鋼色の瞳と視線がぶつかり、間近でギノロットが話した。
「俺はお前の親父じゃない。お前の笑ってる顔を見てたい。もっかいあの白い服を見たい。あのとき、綺麗だった」
「うそ」
「嘘じゃないよ。ブレロがわめいて頭きた。あれ、もー着ないの」
「冬になるから……」
「なら、来年見たい」
「うそだ」
「――何なら嘘じゃなくなるんだ」
 とうとうムッとした顔に、ぎくりとした。脅されているのか、そうでないのか、とっさに判断できずにひゅっと息が止まってしまう。それでつい、
「痛い、離して」
 言い逃れると手の力が緩められ、自分に粘つくような嫌悪を感じた。人を試みる計算高さに、見下げるような軽蔑を――卑怯者。なんて姑息なのだろう。
「やっぱりわたし……あなたに愛してもらえるような人間じゃない」
「……さっきからうるっせーな、この気持ちが愛してるってんじゃなきゃ何なんだよ! お前の都合は関係ねーんだよ!」
 怒号にしたたか耳朶を打たれた瞬間に、レリッシュは目の前に何も見えなくなって、代わりに心臓の力強い音だけが体に響いた。頭を押さえつけられて背中を締めつけられて、気がついたらもう一歩も動けない。柔らかい、温かい、呼吸で上下する肩に頬が当たる、初めて体に感じる男の人の体温におののき、身悶えし、爪を立てても、頑として離してはくれない。
「何を言ったらお前がいてくれんのか分かんねーよ。お前を傷つけても愛してるって、そー言えばいーのかよ」
「わたし、傷つくの?」
「きっと傷つける。俺は優しくない」
「その人になれないから?」
「代わりになんかしない。するもんか」
「なら、どうして」
「お前はきらきらして、一番まぶしい。お前がいるんだったら俺は楽園なんか行かない」
 大きな手のひらが、大切なものを扱うみたいにゆっくり優しく、レリッシュの頭を撫でた。静謐な図書館での感触が鮮やかに蘇り……頭の上で湿った吐息が、情けなく鼻をすする音が聞こえて、レリッシュは驚いて顔を上げる。
「ギノさん、……泣かないで。いや。お願い。ごめんなさい」
 ギノロットはばつが悪そうにごしごしと赤い目をこする。腕はすでに緩み、もはや逃げようと思えばすぐに飛んで逃げられた。レリッシュが帰りたいと言った場所へいつでも。
「ホントに全然違うんだ。お前、ちっちゃくて細くて、すごく甘い声して。一人でバタバタして、勝手にコケてる。鈍くせーな。なんなんだよ」
 いつも澄ました顔でいる人が、みっともなく喋るのが信じられなかった。眉をぐにゃぐにゃにして、聞かん気の強い子供みたいに、こらえるみたいに泣いている。突き放すような言葉がすべて、ただの強がりだった。
「なんでこんな好きなのか、もー俺もよく分かんねーよ。似てたらもっと分かった、でもどこも似てない、なのに好きなんだ」
 こんなに頼りない彼を初めて見た。精一杯虚勢を張って、よれた声の、少年めいた、好きな人。
「俺のこと好きだって言ってるお前がかわいい。言葉にしてなくても、全部聞こえるよ。でも怖かった、あいつを裏切るのが。もういないのに。馬鹿みたいだ」
 呆然と浮かんだ自嘲笑いで、ぶたれたような気持ちになった。比べて傷つける、その言葉の本当の意味がやっとレリッシュの元へ真に迫った。レリッシュはその人ではない、という当たり前の真実が、いま初めてレリッシュの胸に鋭く、深く深く突き刺さった。こんなにそばにいるのに、彼は孤独に笑っている。
「もういない、死んだから……思い出だけ。それだってもう、忘れてるんだ」
 そして誰よりもギノロット自身が、一番に傷つくのだ。彼の中にいる愛しい人が、もう世界のどこにもいないと気がつく。永遠に喪った人だと思い知らされる。彼に愛や恋を思い出させる、わたしがいる限り何度でも。わたしでは癒やしてあげられないのだ、その絶望は、癒やしてあげられないのだ。
「でも首飾りが。お嫁さんがくれたものが」
 レリッシュは一生懸命首を振った。あなたの心は何も失っていないと励ましたかった。励まして、またもう一度この人の強い、揺らがない、この上なく愛しい鋼色の瞳を取り戻したかった。けれどはっきりと爪痕を残して、ギノロットは痛そうに笑う。
「聞いて、レリ。これももう、死んだんだ」
 頭を撫でられて聞いた話は、レリッシュをまたしても揺さぶった。壊れた人形の巨体の影でそんなことがあったとは気づきもせず、無事に見つけ出したものだとばかり思っていた。物音もなく、青いビーズも、珊瑚も、真珠も、サメの歯も、奇跡的に傷一つなく無事だったのだと。
 あの炎に焼かれて無事なものなどあろうか。彼が命よりも大切にしていたものが焼き焦がされた、それに気づかなかった自分はどれだけ無神経だったろう。ああ、それに何より、わたしには首飾りを探させてくれなかった。許されたのはローゲルとワイヨールだった。こんなに目端の利くわたしに、一流の狩人であるわたしに、見つけさせてくれなかった!
「無理矢理作り直したんだ、形だけ。俺以外誰もいない空っぽウィルド。ギノロット・ウィルド……お前は面白がってくれた」
 ルーンの不思議なファミリーネーム、空欄と書き示されたウィルド――レリッシュは雷に打たれた。空っぽの魂と記されているとは考えもせず。何の役にも立たない涙だけボロボロと出る。
「ごめんなさい。わたし、何もしてなかった……何も、ただ……」
「素敵だって言ってくれた。ありがと。嬉しかった」
 涙を飲み込みながら、ギノロットは笑う。何かを押し込めた作り笑顔が突き刺さるほど胸に痛い。けれどあのとき、ギノロットは触れてくれた。モモにするみたいに、いいやきっとそれ以上に優しく、今みたいに。
「わたしは、わたしは……」
「うん。何?」
 そして今も、涙ばかり出てくるレリッシュの言葉の続きを待っていてくれる。頭に暖かい手を置いていてくれる――わたしの劣等感などお構いなしに、あなたはわたしを求めている。わたしが輝いていると教えてくれる。それなら、それなら……そういうあなたに報いたい。わたしを人形にさせないあなたの、魂の火を燃やし続けたい!
「わたしもあなたを、大切にしたい。甘えるだけじゃなくて守ってあげたい。あなたの笑った顔がだいすきで、嬉しいの。泣かせてごめんなさい。でもわたしも、あなたの大切な人になりたい、あなたの気持ちを埋めてあげたい!」
 もっと饒舌ならよかった。この人がどれくらい素敵かをたくさん言いたい。自分はその人のように素晴らしい女性ではないけれど、ときどきあなたを笑わせるくらいなら、きっとできる。わたしとあなたは噛み合っていないかもしれない。わたしはあまりにもつまらなくて小さい。あなたの輝きに遅れを取るに決まっている。
 けれど、わたしは。
「あなたは、わたしのこと見ていてくれた。それで、好きになってくれた。今、教えてくれた。あなたといると、わたしは――」
 喉のつまりかけたレリッシュの訥弁を、ギノロットは一つずつ頷いて聞いていてくれた。両目から次々こぼれて止まらない涙を、いちいち拭ってくれた。切れ長の美しい灰色の瞳を細めながら、レリッシュのために。
「わたし、強くなれる。あなたが強くしてくれるの。心が燃えていくの、あなたみたいに」
 頬にくちづけが落ちた。ほんのかすかに、一瞬だけ、静かにしていなければわからないほど。けれどレリッシュにはそれで充分だった。凍りついた自分がみるみる溶けてゆく、冷たく閉ざされた自分が炎に煽られ消えてゆく。
「ねえ。わたし、鈍いから。もう簡単に傷ついたりなんかしない。あなたがすき。あなたのこともっと知りたい。教えて、生まれた場所のこと。その人の名前。お父さんとお母さんのこと。ちっちゃいとき、あなたはどんな子だったんですか。海ってどんなとこですか。たくさんたくさん知りたいの。聞かせて。お願い。あなたがすき」
 ギノロットという傷だらけの人の力を借りて、どんなに自分が生きたがっているのか、恋した人の熱に触れて、人形の自分なんてまやかしと知り、
「わたし、本当の名前はヨーカです。春のお花の名前です。あなたに呼んでもらえたら、きっととても幸せ。呼んで。お願い。すきなの」
 今までずっと偽物に聞こえた真の名を、南生まれの優しい人にせがむと、彼は湿った声で、戸惑いながら、いかにも大切そうに、そっとゆっくりささやいた。生まれて初めて聞いた名前が、体中に鳴り響いて、指先までもが炎になって、少女の胸に火がともる。
 そう、わたしはあなたを愛している。もう誰にもごまかすことなんてできないほど、つよくつよくあなたを愛している。春に芽吹いた草が花で大地を埋めるように、わたしの心は、あなたへの恋で満ちている!
 初めて交わしたくちづけは、涙の味がした。二人の体の中にある、小さな海の。