愛しいもののために

 バルトは砂漠に出た帰りには、何か土産物を必ず見つけることにしている。アジトで親兄弟の帰りを待っている子供たちと、『ついでに』マルーのために。ファティマ城から脱出して以来、マルーは未だにアジトにいたが、メイソンやシグルドが諭してもなかなか帰ろうとはしない。俺と離れるのが怖いんだ——バルトは直感している。
 囚われの身であったころ、マルーにとって頼りになる人間といえばバルトしか他にいなかったからだ。もちろん、シグルドたちは助けにきてくれた。だがマルーの心に刻まれた深い傷を癒すには足りなかった。暗く日も差さず、湿って苔むした壁。病気の臭いのする淀んだ空気。長の囚われに神経を病んだ人間のうめき声……いくつにもならぬ幼子が、そんな環境に耐えられるはずがあろうか。
 自分の存在そのものが彼女の痛みであることも、バルトは充分承知していた。背中に背負った生々しい打擲の痕と、そのときの恐怖を克服するために習い身につけた鞭の技。戦う自分の姿がマルーを責め苛む拷問官と重なりはしないかと、バルトは時々思い悩む。
 だからマルーが自分からニサンに戻ると言い出すまで、アジトに置いてやろうとバルトは思っている。その傷がなるべく癒えるように、『ついでに』マルーにも土産物を探す。今日は偶然にもサンドローズを発見できた。ブリガンディアの足元に、もう少しで踏み潰されそうになりながら咲いていたのだ。
 ほころびやすそうなその砂の結晶を、バルトは大切に手に取って、そっと懐に入れた。首を長くしている子供たちが微笑んでくれるように。その微笑みを見つけたマルーもまた笑ってくれるように。