訪う

 支度を済ませて寝台の毛布をめくると、それを察知した眠れるギノロットが薄く目を開け、ヨーカにゆるゆると腕を差し出してきた。腕の中においで、という誘いだった。一足先に寝床に潜り込んでいたギノロットは半分夢の中にいるようで、読みかけた本がそばに転がって、どこまで開いていたのかわからなくなっている。
 滑るようにシーツへ体を横たえて、温かそうなギノロットに擦り寄った。彼の腕を枕にして胸へ背中をくっつけると、足が絡まってきて、ギノロットの右腕はヨーカの腰に回された。最後にヨーカが自分の居場所を定めると、うなじに軽い口づけが落ちた。
「ヨーカ、おやすみ……」
 それはほとんど夢うつつのささやきだった。ヨーカは枕にしたたくましい腕に頬ずりする。
「おやすみなさい、ギノさん」
 返した声に微笑がにじんで、うっかり出た甘い声にヨーカは一人恥ずかしくなったが、耳元ではすでに規則的な呼吸が聞こえ、背中にギノロットの胸の呼吸が伝わってくる。絡まった足は一層脱力を増して重い。
 恋人に抱きしめられて眠る夜はいつも静かだ。夜行性の鳥の一鳴きと、梢が揺れる音が聞こえたのを最後に、部屋はもう一度静音に戻る。眠れる人の息遣いだけが、この安楽の世界の音だ。
 それは故郷の両親に対峙すべく着いた帰路で、宿のベッドを一つにしてほしいとギノロットに頼まれてからの習慣だった。一人生き延びて以来ずっと続く、浅い眠りの孤独な苦しみに耐えられなかったのだ。
 かえって邪魔にならないのかと心配したら、二人でくっついていたら温かくて気持ちがよいらしい。何となく体を小さくして申し訳なさそうにしている姿は甘えた子供めいて愛らしく、恥ずかしそうに受け答えする珍しい上目遣いも、ヨーカは思い出せた。
 最初はヨーカのほうこそしばらく寝不足が続いた。人のいる寝床の違和感と、大きな体に阻まれて好きに寝返りを打てないのは不自由だった。というか、一人用のベッドに二人寝る自体、かなり無理があるのでは……と内心思っていたが、もし口にすればギノロットは遠慮してしまうはずだ。次からはそんなわがままを言ってくれなくなる。
 だからいつか慣れるかもしれないと、狭いベッドを広く変えつつ付き合っていたら、いつの間にかヨーカも一人で眠るのがさみしいと思うようになってしまった。背中にギノロットの体温を感じると幸せな気持ちに包まれた。稜線が美しい彼の腕を抱きしめ、武骨な指に触れながら眠る。目が覚めたら左右が入れ替わっていることもあって、それはさすがに驚いたし、胸に恋人が鼻を寄せてすやすやいっていたときは、もう少しで悲鳴を上げるところだった。でも何の悪意もない、ただ柔らかい枕に埋もれているだけの安んじた顔の彼を見ていたら、むしろ抱きしめてあげたくなる。
 微睡まどろみながら恋人の体温を感じていると安堵がじんわりと伝わってきて、胸には静かな喜びが広がる。足に足を絡めてもう一度腕を抱きしめると、寝入り際のギノロットはうつつへ浮き上がって平たい頬を擦り寄せる。ヨーカの体を柔らかく抱き返し、また夢のほうへ沈んでいった。よく眠れないなんていう話が嘘のようだ。そんな陰りはもうどこにも見えない。
 このままずっとこんな夜を続けられますように――恋人の温かい体に身も心も預けて、ヨーカは雪のように静かに眠りの世界へ落ちてゆく。愛しい人の温もりに抱かれて、静謐な世界に降りていった。