その手紙には(ワイヨール)

 ワイヨールの手には一通の手紙が握られている。それは急いで手にしたらしい紙切れで、よく見なければ判らないような文字でたった一言、「あなたの世界は優しくありますように」と綴られていた。
 心を閉ざしたワイヨールの元へやってきた彼女の手紙は、開いてみれば殴り書きだった。
 名も知らぬ彼女はときどき悪筆になる。特に試験前や課題の完成を急いでいるとき、解読に悩むほど読みにくい字で書いてよこす。訂正だらけやまともな便箋でないことさえある。
 何も忙しい時にわざわざ書かなくてもよいのにと思わなくないが、どうも彼女にとって手紙とは一種の娯楽や現実逃避で、よい気晴らしなのだ。思い返せば最初に来た手紙もそんな調子だった。
 だとするとさほどに悪い気持ちでもないし、彼女の手紙が、実は心を込めて書かれたものなのだと改めて判る。この自分は彼女がせめて一筆書いて出さずにはいられない相手なのだ、と。
 けれど「優しい私の世界」? それは一体どんなところだろうか。私が優しかったことなんて、一度でもあっただろうか? それとも……。ワイヨールは自嘲の笑みを浮かべた。下卑た好奇心を飼い馴らせない胸に、彼女の優しさが突き刺さる。忙しい合間を縫って、閉じたワイヨールにしたためたはずの、彼女の思いが。
 ずいぶん痛く、かすかに甘い。短い手紙を日差しに透かして、ワイヨールは目を閉じた。しんとした雪の匂いを思い出した。

その手紙には https://shindanmaker.com/567679
ワイヨールの手には一通の手紙が握られている。それは急いで手にしたらしい紙切れで、よく見なければわからないような文字でたった一言、「あなたの世界は優しくありますように」と綴られていた。