突風の日に

 旅立つための場所はここだ、と思った。春の突風が両脇のモミをわさわさと揺すり立てたとき、私は決心して背後を振り返った。
 満月の光に照らされて古びた木の家が建っている。影が緑の草原に長く伸びている。隅々まできれいに掃除をして、鍵のかかるところはしっかりと施錠した。育てていた植物たちは小さな苗に切り戻してから、世界中に散らばる仲間達に分けて送った。暖かいところに住む友に、日向で伸びやかに緑を茂らす木を。乾いたところに住む友に、ひと月の恵みもない土地に育つ強靱な草を。寒さの厳しいところに住む友に、背丈ほども深い根雪に耐え続ける辛抱強い花を。私が丹精して育てた子達だから、きっとみんなも気に入ってくれる……
 たくさんの思い出の詰まった家を、私は今、置いてゆく。決して捨ててはゆかない。愛したもの、愛してくれたもの、大切な記憶があるから、きれいな宝物をしまった箱をゆっくり土に埋めるように、そっと置いてゆく。
 旅装の私は、旅に出る。私は一歩前に進む。最後に残した「過去」に決着をつけにゆく。

 遠く南の島に眠る義理の祖父を弔いに行かなくてはいけない。
 急ごしらえの墓標のまま、祖父を置いてきてしまった。これからやってくる温かな未来に目を奪われて、辛い記憶に向き合うのが恐ろしくて、祖父を荒野の寂しい場所にぽつんと置いてきてしまっていた。
 ——今なら祖父の瞳を、まっすぐに見つめられる。

 風が私を急かして、髪をごうごうとなぶる。久々に掃いた剣は重たく、萎えた体には過ぎたものだった。それでも私は行かなくてはいけない。
 私は手元に、たった一つの苗だけを残しておいてある。遠い昔に祖父が私のためにだけ作ってくれた白い薔薇だ。私に似て頑丈な木だから、過酷な長旅にも耐えてくれるだろう。何もない荒れ野にすてきな花を咲かせてくれると信じている。