ケーキ

「そこまで言うことないじゃない!」
 とうとう、セリスの堪忍袋の緒が切れた。彼女が朝から懸命になって完成させたケーキに向かって、ロックが一口スプーンをくわえるごとにいちいち指摘を入れていたのだ。あまりのセリスの剣幕に、もともとのどんぐり目をことさら丸くしてあっけに取られていたロックは、しかしはっと我に返って、
「だって『どうかしら』って聞いただろ!」
「言ったけど、けなしてくれなんて頼んでないわ!」
「けなしたりなんかするもんか!」
「けなしてるじゃない!」
「だったら最初から俺に聞くなよ!」
 エドガーには全部分かっている。セリスが本当はどんな言葉が欲しかったのか、ロックが彼女の台詞をどう受け止めていたのか、何もかも分かっている。百戦錬磨のエドガーに言わせれば、まあ、ロックに心の細やかさが足りないのが悪いのだけれど、もともと彼はそんなタチの男ではないし、セリスもそんなことはとっくに知っているはずだ。だが、そこで『ないものねだり』をしたいのもまた女心というもの。
 そりゃあ考えてもみたまえ、生まれて初めて作ったケーキだ! たとえどんな出来であったにしろ「初めてにしちゃ上出来じゃないか!」——と言ってもらいたいのは、すぐにでも分かるはずだろう? そこが分からないロックという男の、実直さというか鈍感さというか……
 フォローはあえて出さないことにしようと、彼はセリスのケーキを口に運びながら考える。もしも自分がロックの代わりに美味しくできてるよ、なんて言ってやった日には、きっとこの喧嘩はちょっとしたボヤどころじゃ済まないはずなのだ。ほら、エドガーはこんなふうに言ってくれるのよ、と自分の台詞を燃料にしてますます業火が燃え盛るに違いない。それだけは避けねばならない。だが、
「分かっちゃいねぇなー、」
 二人の様子を端から眺めていたセッツァーが突如として口を挟んだ。熱のこもりきった言い争う二人とは対照的な、まさに冷や水のごとき声。
「男ならお世辞でも美味かったの一言くらい、言ってやれよな」
 そのものずばりの直球勝負。嘘もごまかしも一切かませない、それから遠慮のひとつもない歯に衣着せぬ真っ向からの指摘に、ロックは思わず固まった。
「でもな、男に物食わせるなら、それなりに食えるもんを出す努力もしな。せめて卵のかけらくらいには気づけよ」
 言うなり彼は、器用に舌の上に卵のかけらを一片乗せて、ぺろりと出して見せた。セッツァーもまたエドガーと同じように、黙々とケーキの試食をしていたのだった。が、目の前でやかましく繰り広げられる喧嘩に嫌気が差したらしい。
 セッツァーの一言は本当に冷や水の効果を発揮したようで、二人は急に押し黙ってしまった。お互いに目をそらして、居心地悪そうに突っ立ったままだ。……ふむ、どうしたものか、とエドガーは思案する。セッツァーの言葉はいつでも性急で荒療治、ときにこんな気まずい空気を漂わせる。今こそフォローが必要だ。
「……なんだったら、二人で作ってみてはどうかな?」
 口に出してから、我ながら名案だと心の中で指を鳴らした。
「一人のせいにするからよくないのさ。君たち二人で美味しいケーキを作る努力をすればいい。もしも美味しくできたならそれは二人の成果、そうでなかったのならまたもう一度——そうだろう?」
「お、そいつぁいいな」
「だろう? おっとそうだ、もしその試食のときは、砂糖以外に混ぜものはしないでくれよ? 私はこれ以上甘いものは苦手なんだ」
 エドガーはそんな皮肉めいた冗談を言って、茶目っぽく微笑んでみせる。ついでにセッツァーがいかにも嫌味っぽくお好きによろしくやりな、と席を立って行ってしまった(内心エドガーは、なんておいしい演出をするやつなんだと歯噛みした。余計に煽り立てているようなものじゃないか!)。
 それであっさりと和解してしまう二人も、なかなか単純な性格ではあるのだけど。