すぐ隣に恋人が眠っている。

 すぐ隣に恋人が眠っている。くうくうと、あどけない表情を晒しながら。
 白く波打つベッドに横たわり、夢か現か知ることもかなわぬような情事を思い出して、セリスはふと心優しい気持ちになった。カーテンの隙間から溢れる一条の光が愛しい人の鼻を斜めによぎっており、ぎらぎらした獣の瞳をしていた人は、今は子猫のようにあどけない寝顔をしているのだ。持てる力の全てを誇示しようとしていたあの四肢は、無造作にシーツの上にほったらかされている。
 あの後、いつの間にか二人は眠ってしまったらしい。眠ろうと意識もしないのに、知らぬうちに睡魔が二人の意識を連れ去ったようだ。ぼんやりと目蓋を開いたとき、世界はすでに光で満ち満ちていて、愛らしい小鳥のさえずりが耳に優しく、木々を吹きぬけるそよ風が時折、コトコトと窓を鳴らしていた。今日も天気がいい。
 左のこめかみから右のあごにかけて、ロックは白い線を走らせながら静かに寝息を立てていた。少しだけ開いた薄い唇が、あの真夜中に愛を囁き、記したそれと同じ、淫靡なものだと誰が思えるのだろう。彼と同じように、彼の唇もまた熟睡している。
 彼の唇はむしろ、啖呵を切り閧の声を上げるために向いているように見えた。軽口を叩いてちょっと皮肉っぽく微笑み、そのくせ子供みたいにむきになって、すぐにへの字に曲がる。口喧嘩じゃエドガーにもセッツァーにも敵いっこないのに、それでも何か言わずにはおれない。そういう風だ。
 ——いや、それはつまり、この人が普段見せようとはしない別の表情を、セリスだけに特別に見せてくれる、ということなのだ。強がったり見栄を張ったりしない、ありのままの彼の姿。切なくなって、口元に笑みが浮かぶ。
 たくましい胸が、呼吸に合わせて上下している。その鎖骨や喉元には、セリスが自ら刻んだ印がある。愛おしさに身を焦がして必死で唇を寄せた跡だ。駆け抜けることを決意してしまえば何もかも怖くはなくなるのに、一人思い出すと少し気恥ずかしくなる。お互い、しつこいほど同じ印が刻まれているのだから、高潔な気質の彼女が頬を赤らめるのも仕方がない。セリスはごまかすように毛布をロックの肩まで引き上げてやり、それからそっと鼻をよぎる光をなぞった。
「……愛してるのよ」
 聞こえなどしないだろうけど、伝えたくてどうしようもなくて、彼女はぽつりとそう言った。別に聞こえなくても良かった。言わなくても、彼はそれを知ってくれている。それだけで彼女には十分すぎるほど幸せなのだ。
「愛してるんだから」
 セリスの愛の告白なんてお構いなしに、ロックはすやすやと眠り続けている。本当は彼も何か言いたかったけれど、夢の中と現実の中を浮き沈みしながら恋人の声を聞くのが、たまらなく嬉しかった。