砂上に紅月は二度昇る 10

 何だかよく眠れなかった。頭がしゃんとしてくれなくて、ついつい布団の中でぐずぐずしてしまった。まぶしい朝日に目を射抜かれながら水差しの水を少し飲む。砂漠の水は塩辛かった。
 寝覚めの悪い理由は多分、あのバルトのせいだ。大体雰囲気が妙におかしくて、いつもの調子で始まらない。ちっとも変わらないや、と安心したそばから、まるで見たこともないような表情になる。若の体に誰か別人が入り込んだんじゃないの? などと、およそありもしないようなことで本気になってしまった。
 あの目に見つめられるのは、どうしてか恐ろしかった。自分の体の奥底まで、どこまでもどこまでも、見抜かれてしまいそうで怖かった。考えていることが全て先読みされているような気がして、時折怖じけてしまう。初めての感覚に、マルーは戸惑った。
 反面、見慣れた隻眼の青さの中に自分一人の顔しか写っていないのを見て、びっくりするほど幸せな気持ちになったりするのだ。きゅっと結ばれた唇の、触れてもいないのに分かる暖かさ。引き締まって丸みのない、浅黒い頬を撫でてみたら、少しかさついていたりするのだろうか? そんなことばかり考えている。そして、この人も同じことを考えていてくれたらいいと願っている——無意識に行われているそれらに気づいて、マルーはわあっと叫びたくなった。
 寝台から下ろした自分の足は細く、丸く、日に焼けず白かった。爪先は小さい。両の掌を見る。細く、丸く、やはり小さい。頬に触れる。柔らかすぎる。胸は薄く、触れて分かる筋肉などなかった。
 ——かなわないんだな、何をしても。
 憧れていた従兄は、自分がどれだけこいねがっても手に入れられない世界に、すっかり生きているのだ。彼には当然すぎて、きっとどういうことか分からないに違いない。
 ——でもいい、分からなくてもいい。だって……、
 ただの憧れが、胸を焦がすようなきらきらの一番星にまで昇格してしまったことを、マルーはもはや認めずにはいられなかった。たった一目会っただけなのに。一昨日まであんなにやきもきしていたのに。ただ、月を見せてやると言われただけなのに。
 マルーは膝を抱えて、暑いくらいの日差しに背中が焼かれるままにしていた。もうちょっと、もうちょっと、それだけでいいから、神様、ほんのちょっぴりだけ、誤魔化させてください。だってこんな気持ちでいたら、きっと若のこと困らせる。若の前で泣いてしまう。そんなの嫌だ。若のお荷物になりたくない。今日が終わるまででいいから、前みたいに軽口の言えるボクでいさせてください。
 ありったけの必死さで、マルーはひたすら祈った。そうやって言い聞かせない限りは、自分をコントロールできそうになかった。景気づけのつもりで水差しの水を一気飲みしたら、塩辛さのせいで思い切りむせる——馬鹿なボク。でもそれでいいや。

 戴冠式のための僧服で貴賓室から現れ出た大教母が、一人心を悩ませている事に、ファティマ城の誰も、気づくはずはなかった。