青い瞳はまだ開かない

 お休みマルー、と呟いて細君を顧みると、彼女はすでにすうすうと寝息を立てて寝入っていたのであった。夕餉を済ませてから眠たそうに目頭を押さえていたので、無理もない。俺たちはかつて想像しなかった程に老い、体力などというものが有り余っていたのはとうの昔であり、今ではもう杖がなければ歩くのが億劫だし、日が沈む頃になれば体中が重い。硬い物は食べたくないし、肉よりも魚がよく、食った料理が油まみれだと頭痛がする。
 俺はこの年になって思うことがある。やはり俺の細君はこいつで正しかったと。
 最早恥ずかしすぎて言及もままならぬが、俺は守るつもりでいた細君に、どうみても間違いなく助けられた。逸りやすい俺をいち早く諫め、ときに遠慮なしに叱りつけてくれたのは他ならぬ彼女だ。俺を熟知してい部下や側近もいたが、舌鋒犀利に俺をへこませるのは、細君だけだ。いつぞやまで俺の後をついてくるだけが精一杯だと思っていたのだが。
 お前の『ボク』が『わたし』になり、俺への呼び声が若でなくなった頃、俺はようやくほっとした。それはお前がかの忌まわしい記憶から解き放たれた、分かりやすい合図であったからだ。お前はそれまで、獄から解かれてもなお虜囚の幼女であり、また己が自らの獄卒であるが故に場所も時もなかったから、いつも自身の無力さを責め苛んでいた。
『ボクも若の力になりたい』、年頃の娘になっても幼いなりを止めなかったお前の一番の口癖を、俺はまだ忘れていない。
 あの痛ましい雌伏の時代を経て、お前は名実共に大教母となった。誰もが羨む気品と優雅さを備えた淑女だ……今やとうが立ちすぎたが。
 お前の紙のような頬はからからに乾ききり、触れてもかつての柔らかい感触は面影一つ残っていない。皆が思い描くような年旧る大教母そのものの老女であるお前。
 俺の堪えきれず吐く息は、気管が狭いせいで細った音が混じる。お前の頬をなぞる指は節くれ立って枯れ枝めいていた。あの頃、思い出すのも難しい遠い昔、俺の手はどうして指まで筋肉質だったのだろうか。
 お前が安らかに眠っているだけなのに妙に涙ぐんでしまうのは、俺がじじいになってしまったせいだろうか。お前がどれだけ皺くちゃで骨と皮ばかりの白髪の婆さんであるにしても、鼻の奥まで突き上げてくる遠く覚えのある痛みは、どことなしか——いや、確かに懐かしい。そしてにわかに信じがたくなるのは、俺もお前も、砂漠の塵に還るときが本当に来るということだ。
 恋は盲目と言ったのが誰かは知らんが、おそらく俺はこの先死ぬまで覚めることがないだろう。上等だ。