ギノロット、もう六年やる

 しがみつかんばかりに頼んでくるので、ギノロットは「分かった、分かったから」とブレロを座らせる。ギノロットは渋々冒険者を続けることに決まった――向こう六年くらいは『銀の稲穂団』のソードマンでいなくてはならないようだった。

 事の発端はワイヨールだ。うらうらと呑気な春のある朝のこと。冒険者ギルドの会議室にいつも通り参集したワイヨールは、挨拶もそこそこにブレロの顔を見るなり、
「あのさ私、ギルド辞めようと思ってるんだけど」
 しっかりはっきり、けろりと言った。
 ワイヨールは、帝国へ行ってみたいのだと言った。正確には、帝国の学校へ。
 帝国の科学や魔術が長の隔離的環境にあって独自の発展を遂げていることは、帝国騎士の振るう砲剣や、彼らの気球艇からもすでに明らかな通り。それは古代人の系譜をうかがわせる技術でもあり、世界樹の伝説とも関わり浅からぬものでもある。
「私は自分の正体を知りたい」
 印術を不可思議に操るその特異体質について、ワイヨールはもう我慢ができなかった。太古の契約に縛られていることを語る彼の眼差しは、迷宮で見るような射干玉色をしていた。半ば制御できないのだと、ギノロットは見て取った。彼の部屋を訪ねたときと同じだった。曰く表現しがたい、本人にさえ呪わしいその力の正体を知りたいのだ……恐らくは、永遠に封印してしまう手立てを探している。ギノロットは、あまり驚きもしなかった。今やギノロットもルーンマスターの端くれだ。ワイヨールは遠からぬうちに銀の稲穂団からいなくなる――そういう予感があったのだった。
 気持ち悪いので人には黙っていたが、目に見えないものを相手にしていると、奇妙に直感が働くようになる。気に入りのマグカップが割れるだとか、空からネコが落っこちてくるだとか、微妙でささやかな範囲で。だからおよそ半月もの不在を経て戻ってきたワイヨールの、その立ち居振る舞い、目線の動かし方の中に、それまで見たことのない何かを見出していた――ような、気が、ちょっぴりしていた、と、思うといえば、思うのだ。
 自分でも引っかかるような引っかからないような、けれども何となく気がかりになる小さな予感なので、冒険者ギルドからの帰り道、ギノロットはヨーカに尋ねてみたが、彼女はワイヨールに特別なことは感じていなかった。鈍いことを自称していたヨーカは、ううんと首をひねった。
「このごろ健康そうな顔はしていますが」
 それは印を刻まなかったせいだ。もう少し他に、とギノロットが促すと、ヨーカは言う。
「あと、少し無口になった気がします」
「あー……そーな。だよな?」
 ワイヨールは、さほどに話さなくなった。お喋りでお菓子好きだったワイヨールはこのごろなりを潜めて、黙々と書物に取り組む姿が多い。しかも書物の内容が、ごくごく基本的な教本であることがもっぱらだった。今さら彼が読む必要もないものに、真剣に頭を抱えていたりした。
 それから、ワイヨールはどこか脆そうに見える――ギノロットとヨーカは頷きあった。
 彼の『指し示す左』の中指に、見慣れぬ指輪を見つけたのだ。蛍石を一つあしらったばかりの単純な指輪である。蛍石は、ギノロットの記憶によれば柔らかい性質の石だ。扱いやすいといえばそれまでだが、身に用いるには心もとない。ギノロットは、覚えがある。欠けることにも意味があるのだ。
 肝心なのは、石に彫り込まれている一文字のルーンである。何となく素人めいた『マンナズ/人間』が彫り込まれているのだった。そういう細工の悪い品を身に着けているのは、ワイヨールにしては珍しい。文字の美醜でなく、込められたもののほうが重要なのだろう。
 つまりはワイヨール本人の手によるだろうその刻印の指輪について、ギノロットは尋ねなかった。ニョッタも問うことはなかった。ワイヨールも言を濁した。その意味するところを言葉にすれば、指輪の呪はたちまち褪せて失われるだろう。しかしわざわざ何問わずとも、二人の印術師には直感に語りかけるものがあった。それでいい。
 だからギノロットにとって、ワイヨールの告白は驚くに値しなかった。いつか来る時がやって来たのだと承知した。
 が、ワイヨールの訴えに終始無言であったのが、銀の稲穂団のリーダーことブレロというわけである。

 ブレロの冒険者活動は年限つきだ。三十に達するまでは冒険者でいてもよい。しかしその後は、きちんと戻ってくること。
 それが彼と家族の間で交わされた約束である。長きに渡る訓練を経て騎士の地位を得たブレロが、わざわざ冒険者などをしていられるのは、彼の家族の理解の賜物だ。
 なので彼は殊の外『銀の稲穂団』に執着しており、何が何でも三十ぴったりぎりぎりまでを、冒険者で居続ける気らしい。しかしどこからか身元が割れて今や有名人になってしまった、フェルナン・ブレロ・ドラードという城塞騎士の実家には、近隣貴族や執政院から騎士団への入団の誘いが引きも切らずに舞い込んでいて、断りを入れるための人間を臨時で雇い入れたとか何とか。
「すげーじゃん。騎士でも何でもやりゃいーのに」
 ブレロの家に関する話は、銀の稲穂団の中でも特別にデリケートな問題であり、メンバーであっても詳細を知らない。まともに話を知っているのは屋敷に乗り込みに行ったマドカくらいで、あとは宿で同室のギノロットとブレロの後輩エリゼが、多少断片を拾っているくらいだった。
 さて小さな酒場の古ぼけた店内は、煙草のヤニや埃でセピア色になっていて、遠くない席で酔っぱらいが何か喚いたりしており、くだを巻くのにちょうどよかった。酒場の隅っこでビールを飲みながら、ギノロットは続ける。
「だっていつまでも冒険者でいられるわけじゃねーだろ。いつか身ィ固めなきゃなんねーし。俺だってそのうち冒険者辞めたい」
「まっ! 待ってくれ、それ具体的にいつ!?」
 コーヒー酒を手にしたブレロは慌てすぎて腰を浮かした。
「なんか、そのうち。子供とかできたら」
 ギノロットは落ち着いた定職が欲しかった。家族ができるなら命を賭ける理由はない。元々言えば命懸けなんてお断りである。
「俺のことはいーけど、お前どーすんの? 誘われてるうちにさっさと決めたら?」
 世界樹の巨神を征したブレロは今年で二十四歳になる。問題の三十歳まで待ってくれるかどうかは相手次第だ。
「……イヤだ」
 絞り出すような声のブレロは、テーブルにしがみつきながら言う。苦しそうでもあった。
「俺はおっさんになるまで冒険者で居続ける」
 冒険者の何がそんなによいものかギノロットが問いただすと、自由であることそれ以外に何があろうかと、ギノロットにとっては比較的どうでもよいことを力説した。
 家に縛られて育った彼の自由を求める意思は、表向きにはヨーカと共通していたが、違うのは彼が幼少期からすでに家庭から離れて暮らしていたことで、ブレロにとって不自由とは『家に帰って暮らすこと』であるらしい。
「別に親兄弟が嫌いって訳じゃない。ジイさんとも最近は、うまくやってる」
「だろ? んじゃ、いーじゃん。問題ねーじゃん」
「でもあの生活見ただろ、お前! アレに囲まれて暮らすんだぞ!」
「慣れろよ。家だろお前の」
 オークションハウスの一件で盛装せねばならなくなって、ギノロットはブレロの実家に訪れて、私室に入った。彼の実家は立派な門構えから始まって、年中花の咲き誇る庭を通り抜け、屋敷に入れば品のよいしつらえが目に入った。一口で言えば豪邸だった。
 だが長い廊下をしばらく歩き続けてから、どうぞと案内されたブレロの広い部屋は、それまでの優雅に対して拍子抜けするような質素だった。本棚に何かの本、ギノロットの読まない専門の書籍が綺麗に並べられていて、奥の窓際には机と椅子と屑入れが。もう少し手前にテーブルセットがあって、入ってすぐの左手を見ると立派なクローゼットがあった。ブレロが開くと、子供なら何人か隠れて遊べそうな場所が現れた。
「趣味のいい部屋だな。瀟洒で落ち着きがある」
 エドワルドは感心したが、けどあまり部屋っぽくないね、とワイヨールは言った。そう言われると、何となく生活感に欠けていた。引っくるめて言えば、ただ木目と無地の布目だけでできているのである。
「寝室は別の部屋?」
「向こうの奥」
 仏頂面が雑に指差した反対側は、隣室に続いて壁が切れていた。明るい光が差し込んでいるらしく、たぶん居心地のよい寝室なのだろうと察せられたが、ぶうくれるブレロがこれ以上何も触れてほしくなさそうにしていたので、会話は長く続かなかった。
 それでブレロの昔の服をギノロット向けに仕立て直すための採寸だとかを使用人にしてもらい(ベルンド工房みたいな雑な手つきではなかった)、アクセサリーを何にするか決め(ブレロが確信のある目つきで一瞬で選んだ)、そのまま気のいい家族に誘われて夕食をご馳走になりかかったが(黒いシチューのいい匂いがした!)、ブレロは頑として首を縦に振ろうとしない(腹が立った)。だが来てもらって手ぶらで帰すのも気が引けるからと、お土産に果物を持たせてもらって屋敷を出た(艶があってとても美味しそうだった。美味しかった!)。むくれたブレロも帰り道をついてきて、セフリムの宿に到着するなり不貞腐れたまま早々に宵寝を決め込んでいた。
 多分ブレロの本物のベッドは、宿よりも遥かに広くて寝心地がよいのだろうに、彼は家に居着かない。週末に帰るようになったり、家族との約束を入れるようになったのはこの数ヶ月のことだ。それが未だ慣れない。
 ブレロは親や祖父や曽祖父らが得た富に漫然と乗るのを嫌っていた。学校の寄宿舎のほうが遥かに快適だったとまで豪語して、それだから宿の大部屋なんて苦でも何でもないどころか、楽しいだけだという。何しろ五歳や六歳のころからそんな生活をしているから、と。
「って、しゃーねーじゃん。生まれちまったんだもん。親も兄貴も爺さんもいー人なんだろ?」
 ブレロのヨーカと違うところはそこだった。ある意味贅沢な悩みともいえるのが本人も分かっているようで、だからこそ今まで引きずってきたのだろう。
「人間がみんなお前ほど思い切りよかったら、上手くいってただろうがな?」
 と尽くしがたいものがあるようで、ブレロは皮肉混じりに言い返してくる。
 ギノロットは辛抱強く待つことにした。こういう時のブレロは変に酒ばかり飲むが、ただ自棄酒ということでもなく一応話す気もあるらしい。
 隣のテーブルの恋に敗れた男の話を小耳に挟みながら、ギノロットはブレロが話し出すのを待った。ブレロは案外、話が苦手な男だ。もしも言葉の違いがなかったならば、ギノロットの方が口が回るかも知れない。
「――つまりな。冒険者は俺にとってのモラトリアムなんだよ」
「もらと……もら?」
 耳慣れない言葉を、ギノロットは区切りながら復唱しようとする。
「って何?」
「人生棚上げってこと。情けねえけど……まだ大人をやりたくないんだよ、きっとな。だから子供とか家族とか結婚って話のできるお前って、俺より大人だな」
「……でも、俺も三年くらい、も、もら? もりゃとりゃむ? だったけど」
「ん?」
「海出てしばらく何してたか覚えてねーもん。ただボンヤリしてたし。タルシス来たのも、世界樹の楽園が死者の国ならいーって思ってたし」
「ああ……お前の人生、本当壮絶だな。軽く言うけど」
 ブレロは遠い目をしてよそを向くので、ギノロットは自らの失敗を悟った。
「や、不幸自慢してーんじゃねーよ。なんか、そーゆーのって必要じゃねーのってことを言いたかった」
 それで、彼の元に舞い込んできた数々の誘いの内訳に話が及ぶと、露骨にうんざり顔を歪めて酒を煽った。軍隊や騎士団以外にも、結婚相手に求める話まで到着しており、これがますますブレロの気に障る。会ったことさえない女との婚儀など結べるわけがあるか――。いつかと逆の立場になったので、ギノロットは少し笑った。
「モテてんのに不満なのかよ」
「俺の家と名声がモテてるだけだろ」
 はーん、とギノロットは思った。まるで賢王の妻になりたがる姫君たちだ――ギノロットの目から見ても家が確かであることと本人の成した仕事の大きさは、ごく普通の判断基準だった。しかし彼は当然賢王なんかではない。蓋を開けてみればまったく違う。だが人生を棚上げしているのなら、その間に決められる自分のことなど数少ない――少なくともギノロットはそうだった。
「でもお前は棚上げ、続ける気なんだろ」
「そうだよ」
「自分の人生を他人に任せる六年なー」
「とは言ってないだろ、冒険者を続ける六年なんだもん」
「けどさー、これからミッション出ねーぞ? 世界樹はもー暗国ノ殿しかねーし。後は魔物の素材引っ剥がすか、素材取りとか、他人のお使いだろ」
「む……まあな」
 辺境伯が出すミッションはすべての冒険者の課題であるが、かの世界樹に辿り着き一通りの謎が明かされた今、ミッションが発令される見通しはない。冒険者の前には世界樹の迷宮が相変わらず存在し、迷宮に関わる困難を解決するには冒険者の力が必要――とされているだけで、今、冒険者は解決すべき何事かを課されてはいなかった。
 真の自由、束縛する者なき本物の自由が冒険者の前に横たわっており、貪ることを許されている。
 巫女シウアンは無事ウロビトの里へ戻った。皇帝の長子バルドゥールは彼の民を移民させようとしている。ワイヨールは自分自身に近づこうとしている。世界樹の楽園が幻だと看破されたギノロットとヨーカは、人生を棚上げしないことに決めた。
 当然、一般人には立入不可の迷宮へ挑む、実力ある冒険者として、自身に価値を見出すこともできる。しかしブレロは三十歳でその活動に別れを告げなくてはならない。冒険者の自分を頼みにすればするほど、その後の自分に残るものが少なくなっていくのだ。
 人生を前借りしているようで、ギノロットはブレロが哀れに思われた。
「まー俺は、別の仕事見つけたら辞めるつもりだし。なんか悪ィけど、そーゆーのも考えん中に入れといてほし、」
「ヤダあ!」
 さえぎってブレロは向き直った。もてあそんでいたソーサーとカップを押しやるようにテーブルに置き、
「もうちょっと俺と一緒に遊ぼ!?」
「お前な、」
 いつかも聞いた台詞に、ギノロットは呆れた。おどけているのではなく本気らしいことは、目つきを見れば嫌でも分かった。
「言ったじゃんギノがいないと迷宮なんか怖くて行けないって! ヤダあ!」
「ガキかよ」
「レリもギノもモモもワイヨールもいない迷宮なんてヤダヤダ! 行きたくない!」
「クソガキかよ。俺もレリもモモもワイヨールもお前に付き合って冒険者やってんじゃねーぞ」
「んでもギノはもう少し俺に付き合って冒険者やってくれるよね!?」
 それで最初の話に戻るわけであり、モラトリアム酔っぱらいは半泣きになりながら頼み込んだ。本日のブレロの仕上がりは、そんなふうであった。

 びいびい言い続けるブレロを宿に放り込んでヨーカのアパートメントに避難して、事の次第を愚痴愚痴こぼしたギノロットは、
「いいんじゃないでしょうか」
 しかし一瞬で快諾されてしまった。机で矢羽を切りながら、ヨーカは微笑む。
「だって、ブレロはわたしたちを助けてくれましたからね」
 彼女はブレロに恩がある。家出を肯定された恩だ。境遇の似ている彼らはギノロットの知らない早いうちから支え合っていたらしい――白い服のヨーカを妖精と誉めそやしたことといい、正直なところブレロにはかすかな苛立ちを覚えもするが、そのころ自分は自分のことで手一杯だったから、的外れな怒りは置いておくとしよう……いや、やっぱり一発ぶっておきたい。
「わたしたち、ブレロのモラトリアムに救われています。それなら次は、わたしたちが助けてあげたい。でしょう?」
 ブレロの生み出した銀の稲穂団という棚上げに、ギノロットもヨーカも自分をどうすべきか見定められたとも言える。それだからなのか、ヨーカは心が広かった。
「そんでも六年って、ちっと長すぎねーか?」
「わたしは十六年分を助けてもらいました。いいんです」
 ヨーカはぱちんと、羽を切った。
 その理屈でいくとギノロットも、六年弱くらいは救われていることになる。一瞬で泥沼に変わった思い出の二年。記憶の朧な三年。そして今に至る一年近く。
「あなたにも会えました。六年くらい、何てことありません」
 尊敬と慈愛の微笑に、ギノロットは胸を打たれて切なくなって、ヨーカの隣に椅子を寄せて、小さな頭にもたれた。どちらともなく手指が結ばれる。
「ヨーカはホントに優しーな」
「だってブレロは、盟友です」
「めいゆう?」
「特別な親友。わたしたちには、特別な絆があるはずでしょう。銀の稲穂団で見つけた絆。だから助けてあげたいと思いませんか」
「……そのために、『三人目』を先延ばしにする?」
「六年経っても、あなたは二十五で、わたしは二十二ですよ。こちらではちょうどいいくらい。気持ちの準備も、したいから」
「そっか。……寂しーな」
「どんなお母さんになりたいか、たくさん考えさせて。ねえ、あのね。そんな顔しないで。聞いてください。本当は……わたしも『三人目』に会いたいの」
 その言葉に無限の愛が込められているのを聞き取って、ギノロットはたまらず恋人を抱きしめた。
 彼女は結局、親にも兄弟にも恵まれていなかった。ヨーカの二親が望んでいたのはヨーカではない。一族を飾るための何者かであれば誰でもよかったのだ。ヨーカの兄のように自らを殺してでも、一族を輝かしくするのであれば、何だって。だからヨーカはあっけなく棄てられていた。一門に泥を塗った恥知らずとして、もはや亡き者にされていた。とっくの昔にヨーカは天涯孤独の身となっていたのだ。
 そんなヨーカが再び家族を望んでくれる勇気が、何にも例えがたく胸に迫った。
 三人目のウィルドに会える日を待ち望む、希望の予感がした。どんな幸せを教えたいか、どんな両親になりたいか、どんな昔話を聞かせてやるか、山ほどの憧れを恋人と話し合う六年間の薫りが。
 腕の中でヨーカが笑った。
「苦しい、ギノさん」
「俺、言葉うまくなんなきゃ」
「わたし、海が見てみたい。ダメですか」
「遠いぞ。それに道覚えてねーんだぞ。あんなとこ、着くまでどんだけかかるか」
「あなたと一緒なら、ちっとも平気。連れていって」
 ギノロットはヨーカの故郷を見た。
 次はヨーカに、あるいはブレロにも、南の海を見せてやる時なのかもしれない。ブレロが南に行きたいと言っていたのを、ギノロットは忘れていない。辛い思い出に満ち満ちて、当のギノロットが棄て去った南洋の地へ、仲間とともにならば歩めるのだろうか。
「なら――銀の稲穂団・南洋の旅の始まりだな」
「えっ。えっ? ……みんなで? みんなで行くの?」
 不満そうにヨーカが見上げてきた。琥珀色の瞳が、ギノロットのどきりとするような艶めく光を帯びている――そうか、お前は二人旅をやってみたかったのか。ギノロットは苦笑する。
「だいじょぶだよ。二人でどこへでも行ける」
「絶対ですよ。約束ですからね? あなたがすき」
「うん、ずっとそばにいさせて。お前のことを、ずうっと守りたい」
 頬を擦りつけて甘えてくる小さな恋人に、ギノロットは口づけて誓った。

 六年間。
 ならば俺たちはお前に恩を返すために、冒険者を続けよう。お前が道を見つけられるように、何かの光を探し出そう。俺たちが道を見つけたように、お前にも大切なものが手に入るといい。
 それは形あるものか、ないものか。帝国の荒野に眠れるものか、南洋の波間に漂えるものか。だが結局、タルシスに最初からあるのかもしれないし、それとも六年の時の中にこそ得られるのかもしれない。
 いずれにせよ。
 銀の稲穂団はあと六年続く。リーダー・ブレロのモラトリアムのために。