マッシュ

 兄とは双子の兄弟だが、あまり似ているとは思わない。小さい頃から体格も性格も違った。しっかり者の兄に対して弟の自分は大雑把だし、取り敢えずの間に合わせでも満足だ。寝室の景色がいつも同じでもいい。大切なのは、気分良く過ごしていられることだと思う。
 モブリズの家は薪の備蓄が充分でなく、マッシュは薪割りの役を買って出た。屈強な彼が振るう鉈はみるみるうちに薪の小山を作り、子供達は家と薪割り場との間を一生懸命往復した。子供達がいない隙に薪の小山は復活しているので、彼らははしゃぎながらそれを抱え、また駆けてゆく。マッシュはあどけない彼らの笑顔を見つめて、額に浮かぶ玉の汗を拭った。
 確か武僧となって初めて師父に与えられた仕事が、薪割りだったと記憶している。王宮での仕事といえば礼儀作法と剣術に、王国の歴史と情勢についての講義を言った。足の血豆を潰し、肩に食い込む背負子の重さに息切れし、あかぎれの痛みに耐える『泥臭い労働』は、それまで無縁だった。
 辛くないわけがなかったし、孤独に泣き濡れる夜もあった。だが夜が明けて、師父と兄弟子が読み終わったよれよれの新聞の隅に、国王然とした兄の姿を見つけたら、それで逃げられるはずがあろうか――彼は死に物狂いで武術にしがみつき、耐え抜いて、やがて世界を救い、子供達に微笑みを与えた。
「マッシュ、」
「ん? 何だい兄貴」
「お前が一分あたりに作る薪の本数は約十五本、」
「……そうなのか?」
「俺が薪割りをしたら、一分の間に何本できると思う?」
 急にそんなこと言われたって、分からないよ。マッシュは笑った。大体兄貴、薪割りなんてしたことあるのかい?
「そう、そこだ。だが俺は、お前が当然の顔で薪を割っているのが悔しい。子供達の英雄みたいになっているのも悔しい。俺なんて王様のはずなのに、弟ばかりちやほやされて、まるで日陰者のような気分だ」
 子供を同時に数人担いだり、肩車したり、高い高いと投げ上げたりするのは、マッシュにとって造作もない。ディーンが必死に転がさないと運べなかった水樽も、マッシュにかかれば一抱えで持ってくる。力持ちの彼が、子供達の人気にならないはずがないのだ。自分がヒーローになっているのは分かっていたが、まさか兄が嫉妬するほどとは。弟は少なからず瞠目した。
「だから俺は全自動薪割り機を作るぞ、マッシュ」
「また変なもの作るのかい、兄貴……」
「変とは何だ、失敬な。これさえあればご家庭のマダム達にも感謝されること請け合いじゃあないか!」
「……いいけどな。兄貴が満足なら」
 関心や尊敬を得るつもりで武の道を歩んだわけではない。兄の隣に立って恥ずかしくない人間になりたい一心でやってきた。
 だが、その兄に羨ましがられるのも悪くなかった。兄の少しむくれた横顔にかすかに意地の悪い満足を覚えながら、マッシュは一言だけ付け加える。
「俺、子供に合わせてゆっくりやってるから、もっとたくさん割れるぜ」
 何だとと勢い込む兄の顔は、マッシュのますますの満足に足るもので、彼はついつい呵々と笑った。
 こうして馬鹿な話もできる兄弟であることに感謝する。彼が自分の兄でいてくれて良かったと。こんな兄だから今の自分が笑っていられるのだと。だからせめてもの感謝の印に、フィガロに戻ったら多少は兄の仕事の手伝いをしよう。最初は邪魔になるだろうが、きっといずれ役に立つようになる。
 さて、それはそれとして、何本割れれば兄の地団駄が見られることやら。マッシュはぐるぐると肩を回してみせた。