ロック

 仲間達が騒いでいる隙を突いて、ロックは家を抜け出した。世界がまた美しくなったなら、必ずそうしようと心密かに決めていたことを果たすためにだ。
 誰もが寝入るような真夜中に星の見物に屋根へ上がるのが、彼は好きだった。特に酔っぱらって気分が良くなったときは必ずと言っていいほど屋根によじ登った。梯子なんて野暮で無粋なものは必要ない。窓からちょっと覗いて、適当な手がかりと足がかりを見つければ、そこからさっさと上がっていける。
 例え酒を飲んだ後でも、足を滑らせて落ちたことなんて一度もない。他の連中が危ないとかやめろとか言って騒ぎ出すのが少し不思議なくらいだった。どうも彼らは、屋根とは窓から登るものではないらしく、ロックが窓を開けると血相を変える者もあった。だったらなおのこと、登ってみたくなる。彼らがおろおろするのは底意地悪くも小気味よいのだ。
 酒で火照った体を夜風で冷ますのも気分良かった。星の瞬きを見つめて、爪の形をした月をなぞり、風に揺さぶられる梢の音を聞く。肺に滑り込むしっとりとした空気が、酒気で濁った体をみるみる浄化していく気がする。
 もちろん、気心の知れた仲間たちと酒盛りに馬鹿騒ぎするのも悪くなかった。普段聞けない本音や過去の暴露話が聞けるのは面白かったし、安酒が喉を転げる感覚も嫌いではない。酔いが回って五感が鈍る感覚も、特に便所に立とうとして平衡感覚がぐらぐらおかしくなるのは、ちょっぴり愉快だった。
 ただこうして人の群れを抜け出して無限の空を見上げるとき、自分のいるところはやはりここなのだ、と確認し直してしまうのだ。革靴越しに地面を踏みしだく感覚。埃で微かにむず痒い鼻腔。流転して弾ける水しぶき。バンダナの端をきりきり舞いさせる風――そのどれもが彼にとって馴染み深いものであり、彼の骨の髄に染み渡ったひとつひとつだった。
 ――俺を俺に育て上げたのは、何よりも空と太陽と星と月、風、大地、水に海。どれだけ腕を伸ばして強欲に求めても、決して手に入れることのできないお前たち!
 一度は失われた世界は、ようやく彼のもとに帰ってきたのだ。彼が切望した綺羅星のようなその世界! めくるめく舞い踊るその美しい姿を取り戻した初めての日の夜空を、彼はつぶさに見つめずにはいられない。
 ロックはトタン張りの屋根に大の字になって転がった。もう何度屋根でこんな格好になったか知れないが、今宵の寝床はかつてないほど素晴らしく寝心地が良く、彼は満足してにっこり微笑んだ。