ゴゴ

 ゴゴは人知れずモブリズの村を立ち去っていた。世界を救うという真似事を終えた彼には、もはや『彼ら』の輪の中にいる理由がなかった。
 踵を返し顧みた風景は、すでに夕暮れの光の中に溶けかけて輪郭も朧に見える。今頃彼らは、うら寂しくも慎ましやかなかの村にて、盛大な祝宴を挙げているだろう。
 それにしてもなかなかに刺激的な旅だったと、彼は一人笑う。彼らと共に旅しなければ、荒ぶる三柱の神の存在も、その位を簒奪した一人の狂人の物語も、知らぬまま過ごしたに違いない。
 片や天与の魔導を以て愛を守り貫くか細き乙女。片や神を喰らい万物の崩壊をこいねがう歪の魔導士。そしてそれらを取り巻く勇敢なる戦士達。鋭く閃く血塗れの刃と火花はじける太古の魔法、決死の鬨に勝利の雄叫び。幾度となく流される無益な鮮血と、この世ならぬ世界を映すこととなった昏い瞳――それら漠然と夢想していたおとぎ話の一員になるとは、長く刻を生きてきた彼においても予想だにしない出来事だった。
 それに他人を真似ることにおいて、無双であると自ら誇っていた彼であるが、本物の魔導と幻獣を見事に操る者達を見るのはあまりに久しく、自らの体がかつての感覚を忘れていたことをまざまざと思い知らされた。時に彼らの身振り手振りを真似るに精一杯で、その技の幾らにも満たぬ物真似を披露せざるを得なかった折は、己が無知と無力と無見識に、憤懣やるかたない思いにかられたものだ。修行が足りぬという思いを取り戻したのは、かれこれいつぶりであろうか。
 そもそも自分の元にやってきた彼ら一同がただ者ではないことなど知れていた。自身の業が時として危険を呼び寄せることを重々承知していたから、彼は自らを底深き大地の歪みに封印したつもりであった。
 それがどういう偶然を経てか、辿り着いた十三人の戦士達。彼らの一人が『世界を救いたい』と口にしたとき、十三対の瞳には寸分の迷いも躊躇いもなく、一介の物真似士たる男の愚直な部分に、途方もなく重い情熱の一滴を注いだ。
 そういえばいずれの時代にか、彼らによく似た戦士に出会うこともあったかなかったか、かの旅人達は後世なんと呼ばれていたか思い出せないが……ともあれ、悠久の時にたゆたって錆びかけていた彼の心に火を入れたのは、世界を救うなどという無謀な夢を抱いた戦士達。茜空を切り裂いた強く羽ばたく白き隼の勇者達なのだ。きっと彼らはそんなことなど知りもせぬだろうが。
 はてさて、彼は再び目的を失った。もう一度あの常世と現世の狭間で何かを待ち続けるか? あるいは彼らの取り戻した青空の下を眺め歩くのもいいだろう。その救った大地の中に、自分の業となる何かを見出すかも知れない。
 大気が唸りながら梢をざわめかせたとき、ゴゴの姿は逆巻くつむじ風の中に掻き消えた――。