厳寒に光射し

「あなたは宝物をたくさん持っているのね……」
 濃紺から暁の朱へ、東雲の空が鮮やかに光射したとき、セリスは感嘆して呟いた。吐息は濃い霧のように真っ白になる。北大陸の切り立った崖。長い旅暮らしの中でたまたまロックが見つけた『いいもの』のうちの一つだった。
 一歩ごとに膝まで埋まりそうになる道のりと、強風で舞い上がって視界を閉ざす粉雪。空は青く太陽が昇っているのに、ちっとも体は温まらない――セリスはこのためだけに買った防寒具のお金がもったいないと出発まで不満げだったが、崖に向かいはじめて十数分で納得したらしく何も言わなくなった。流石の彼女も、これほどの厳寒は未経験だったのだろう。
「俺がまだこんなちっちゃいガキのころ、親父に連れられて来たんだ」
 ロックはマフラーで口元を覆ったまま、膝のあたりで右手を水平にひらひらさせて、それだけを言った。セリスの感動にきらめく瞳を見つめて、幼かった自分の胸の高鳴りを思い出したからだ。
 次はどこへ連れて行ってやろうか、どんな素敵な世界を見せてやろうか。ただそれだけを考えていた。